海外文学読書録

書評と感想

ウィリアム・シェイクスピア『リチャード三世』(1592-1593?)

★★★★

グロスター公リチャードは、長兄のイングランドエドワード四世が病に伏せるなか、次兄のクラレンス公ジョージを謀殺する。王が死んだ後は邪魔な貴族を処刑し、甥のエドワード五世から王位を簒奪、リチャード三世として即位する。2人の甥を殺害したリチャード三世だったが、やがて各地で反乱軍が蜂起するのだった。

マーガレット お黙り、侯爵殿、でしゃばるんじゃない。

新米の爵位は出来立ての金貨同様、世間では通用しない。

お前みたいな新入り貴族にも、

位を失う惨めさがどんなものか分かってもらいたいものだ。

高々とそびえる樹ほど風当たりは強い、

いったん倒れれば、木っ端微塵に砕けしまう。(p.55)

『ヘンリー六世』の続編。

これは四大悲劇に匹敵するくらい面白いのではないか。そこまでは言い過ぎだとしても、とにかくリチャードが比類なきダークヒーローといった感じで魅力がある。漫画家の荒木飛呂彦は『荒木飛呂彦の漫画術』【Amazon】において、漫画の「基本四大構造」にキャラクター、ストーリー、世界観、テーマ(重要な順)を挙げ、キャラクターで一番大事なのは「動機」だと書いていた。ではリチャードの動機は何かといったら、それは世界への憎悪である。のっけから独り言でそのことを表明しており、彼の行いはすべて憎しみに源泉があるのだということが分かる。「どうせ二枚目は無理だとなれば、/思い切って悪党になり、/この世のあだな楽しみの一切を憎んでやる。」(p.11)。僕も人生の最大のモチベーションは憎しみなので、彼の気持ちはそれなりに理解できる。というか、理解できるところがちょっと怖い。ともあれ、憎しみを燃料にして王にまでのし上がる彼の覇道は、実に冷酷極まりなくて魅力的だ。実の兄を謀殺し、邪魔な貴族を処刑し、幼い甥から王位を奪った挙げ句に容赦なく殺す。のみならず、自分がその夫を殺して未亡人にした女を口説いたりもする。第一幕にあるリチャードとアン(故ヘンリー六世の王子エドワードの未亡人)のやりとり、第四幕にあるリチャードとエリザベス(エドワード四世の妃)のやりとりは、話の流れに意外性があって読ませる。非情な野心家を描いた本作は、漫画化したらかなりヒットしそうだ。

シェイクスピアの魅力はセリフ回しにあると思った。たとえば、本作ではマーガレット(故ヘンリー六世の妃)が予言を吐く魔女みたいな役柄になっていて、貴族たちのいる場で呪いの言葉を撒き散らしている。その狂女ぶりは人間を超越した何かを感じさせて不気味だ。さらには、ロンドン塔に来た暗殺者コンビの会話も注目に値する。彼らはリチャードの命令で次兄のクラレンスを殺害しに来たのだけど、その会話はとてもこれから人を殺すとは思えない諧謔にあふれていて、個人的にはヘミングウェイの「殺し屋」【Amazon】を連想した。シェイクスピアの戯曲はセリフ回しこそが最大の見所だろう。