★★★
市澤里子(松たか子)と貫也(阿部サダヲ)夫婦は小料理屋を経営していたが、貫也の不始末で失火して店が全焼する。2人は再建資金を貯めるため結婚詐欺に手を染める。里子が指示役で貫也が実行役になるのだった。2人は何人もの女性から金を巻き上げていく。
どう見ても結婚詐欺の実行役は里子のほうが適任だが、それを敢えて貫也にしているのが捻っていた。男から見て松たか子が性的魅力に富んでいるのに対し、女から見て阿部サダヲは性的魅力に乏しい。なのにその役割をあべこべにしてしまう。面白いのは、性的魅力に乏しいはずの貫也が女に好かれまくるところだ。毎度毎度タイミング良く相手の心の隙間に入り込んでいく。あの外見でさすがにそれはないだろうと思うが、現実において我々は信じ難い前例を知っている。そう、木嶋佳苗だ。誰が見ても性的魅力に乏しい小嶋は、何人もの男を手玉に取って殺害してきた。一連の出来事は「婚活殺人事件」として我々の記憶に残っている。小嶋が示したのは、結婚詐欺をするのに性的魅力は必要ないということだ。しかし、理屈としては筋が通るものの、実感としてはいまいちよく分からない。世の男女は小嶋や阿部のどこに惹かれるのか? 本作を見て貫也があそこまで女心を掴んでいるのが不思議だった。
貫也がどういう気持ちで詐欺に手を染めているのかも分からない。火事のせいで自分たちの人生が壊れた。その軌道修正のために他人の人生をぶち壊す。貫也がやっていることはそういうことである。しかし、彼に罪悪感があるのかどうかいまいち見えない。というのも、所々で貫也はモラルを発揮するのだ。彼は容姿の不自由な女を庇ったり、不幸な身の上の女のために涙を流したりする。人のために親身になれる性格をしているのだ。そういう人物が詐欺に手を染めたら普通は良心が疼くだろう。しかし、貫也の葛藤が描かれることはない。彼がどういう心境で詐欺をしているのかが分からないため、物語が絵空事に見えてしまう。
結婚詐欺とは言い換えれば疑似恋愛だが、貫也がそれを続けることで里子の内面に陰りが帯びていく。その様子が面白かった。2人は九州出身で東京で身を立てていた。詐欺の共犯になることで一時は絆が深まるも、だんだんと里子のほうに不満が溜まっていく。なぜなら夫がやっている疑似恋愛は里子からすれば浮気であり、独身女性を弄ぶ代償に自分も孤独になっているのだ。夫は疑似恋愛によって生活が充実している。一方、自分にはそういった潤いがない。店の再建という大義があるものの、夫の仕事はいわば男娼のようなものである。それをすべて許容できるのか。一連の出来事によって2人が別れることはないが、夫婦関係に名状し難い靄をかける事態にはなっている。
坂元裕二より西川美和のほうが松たか子の使い方が上手いような気がする。それは松に自慰をさせたり、生理用パンツを穿かせたりするだけでなく、根本的に松の女性性を引き出しているところが目立つ。それも俳優としてのイメージを損ねず自然な形で。本作は松の演技が光っていた。