海外文学読書録

書評と感想

フェデリコ・フェリーニ『崖』(1955/伊)

崖(字幕版)

崖(字幕版)

  • ブロデリック・クロフォード
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★★★

オーギュスト(ブローデリック・クロウフォード)、ピカソ(リチャード・ベイスハート)、ロベルト(フランコ・ファブリッツィ)の3人はあちこちで詐欺をして生計を立てている。ピカソには妻イリス(ジュリエッタ・マシーナ)がいるが、妻には稼業のことを隠していた。あるとき、一行は知人の年越しパーティーに参加する。そこでピカソは妻に秘密がバレてしまうのだった。また、オーギュストは1年ぶりに娘のパトリッツァ(ロレーラ・デ・ルーカ)と再会する。

犯罪映画。前半は劇伴も軽快でコメディのように明るかったが、後半は後戻りできない人生への哀愁が感じられた。詐欺師も長く続けると潰しが効かなくなってまっとうな道に戻れなくなる。たとえ良心が疼いても、騙して騙して騙しまくるしかないのだ。そういう人生は悲しい。まあ、一番悲しいのは被害に遭った人たちだけど。

詐欺師グループは3人とも今の生活を続けてはいけないと思っている。ピカソには妻がいるし、ロベルトには歌手になる夢があった。オーギュストも娘との再会によって心が揺らいでいる。ピカソとロベルトは若い。見た感じアラサーである。一方、オーギュストはアラフィフ(48歳)だった。ピカソとロベルトは今からでもやり直せるだろうが、オーギュストはもう潰しが効かない。カタギとして何のキャリアも積んでないし、楽して稼ぐことが身に染みついてしまった。ここまで来たらどんなことがあっても詐欺師を続けるしかないのである。実際、オーギュストは娘の前で逮捕されたが、出所後すぐに詐欺を再開している。ターゲットの家には小児麻痺の娘がいて、彼女を自分の娘と重ねて同情する。しかし、奪うことはやめない。それどころか、利益を独り占めしようとして仲間とトラブルになっている。ここまで救いようがない悪党もなかなかいないだろう。オーギュストは人として大切な何かを失っている。

ちょっと驚いたのが、旧知の人間を騙そうとするところだ。相手はかつての同業者で、現在は成功して金持ちになっている。そういう人物に詐欺を仕掛けるのもなかなかすごい。思うに、詐欺師の人間関係は焼畑農業なのだろう。協力できるときは協力して、騙したほうがおいしいと思ったら途端に牙を剥く。騙す人間とそうでない人間の線引きが明確ではない。世の中には自分と他人しかいないという世界観である。刹那的で先を考えず、目の前の金をハゲタカのように掠め取る。この冷徹さに痺れてしまった。

貧乏人からなけなしの金を奪うことは躊躇わないのに、妻や娘といった身内に悪事を知られるのは嫌がる。この身勝手さが強烈である。やはり詐欺師を長く続けていると、倫理観が狂っていくのだろう。詐欺という習慣が身勝手な性格を形成し、身勝手な性格が最終的な運命を決定する。そういう意味であのラストは含蓄があった。歳を取って後戻りできない人生の何て悲しいことか。身につまされる。