海外文学読書録

書評と感想

本宮ひろ志『夢幻の如く』(1991-1995)

夢幻の如く 第1巻

夢幻の如く 第1巻

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★★★

1582年(天正10年)。本能寺の変で絶体絶命に陥った織田信長だったが、謎の光に助けられ命拾いする。信長は身分を隠して暗躍し、豊臣秀吉に天下を取らせるのだった。その後、海を渡って世界征服を目論む。

全12巻。

昔流行った架空戦記である。

歴史の一回性を無視した架空戦記は、おたくの現実逃避コンテンツとして槍玉に挙げられることが多い(日本史が題材の場合は歴史修正主義が問題視される)。実際、僕も現在の「なろう系」に通じるご都合主義を感じないでもない。しかし、史実をなぞった物語もたくさん読んでいると飽きるので、箸休めの変化球としてならありだと思っている。そもそも我々は学齢期に『信長の野望』をプレイして育った。テレビの前に座り、武田信玄上杉謙信で天下統一を目指したものである。頭では架空戦記を嫌いつつも、芯の部分は架空戦記と相性がいい。本能寺の変を生き延びた織田信長が世界征服を目指す。本作の設定もそれなりにわくわくするものがあった。

本作の大きな特徴は、織田信長をチンギス・ハンになぞらえているところだ。どちらもユーラシア大陸を股にかけたスケールの大きい人物として扱われている。信長は世界征服を成し遂げるにあたって、女真族モンゴル族の軍隊を手中に収めるのだった。信長が秀吉を部下として従え、両者の家臣団がそれに続く。信長の家臣には、柴田勝家池田恒興森長可がいる。秀吉の家臣には、黒田官兵衛加藤清正福島正則がいる。そういった信長オールスターズが大陸で大暴れするところに惹かれる反面、物語の展開が尻すぼみな点が引っ掛かる。というのも、戦略的な面白さはイワン雷帝との戦いで頂点に達しているのだ。彼を倒してモンゴル族をまとめた後は、圧倒的軍勢で中東やヨーロッパを飲み込んでいる。これが通常の漫画だったら、最終決戦がもっとも盛り上がるところだろう。しかし、本作はそうはならない。最終決戦はまさに鎧袖一触である。この辺は『信長の野望』を代表とする歴史SLGみたいで物足りない。確かにゲームではそうなってしまうけど、漫画だったら作者のさじ加減でどうとでもなるので一工夫ほしかった。エリザベス一世もフェリペ二世もラスボス足り得なかったのが本作の敗因である。

現代は史的唯物論アナール学派などの影響により、歴史を構造的に捉えることがクールだとされている。そこには「英雄」の出る幕はない。無味乾燥な統計分析がすべてである。ところが、本作はそういった風潮にノーを突きつけている。歴史とは一人の英雄の生死によってまったく別物になる、とぶち上げている。これには心ある歴史学者も眉をひそめるだろう。しかし、このヒロイズムこそが大衆の望んでいた物語なのだ。我々は一人の人間の決断によって歴史が動いていると思いたいのである。そして、そういった欲望を取り入れたのが歴史小説であり、架空戦記なのだ。これらは「なろう系」と大差ないジャンルと言えよう。

というわけで、期せずして人間の「弱さ」を見出してしまった。