海外文学読書録

書評と感想

ユッシ・エーズラ・オールスン『特捜部Q―自撮りする女たち―』(2016)

★★★

コペンハーゲン警察。特捜部Qのカール・マーク警部補のところに元殺人捜査課課長のマークス・ヤコプスンがやってくる。マークスは三週間前に起きたリーモア・ツィマーマン殺害事件が、十二年前の未解決殺人事件に手口が酷似していると告げてきた。一方、リーモアの孫デニスは、失業者仲間とつるんで福祉事務所の職員アネリを脅迫しようとしている。アネリはアネリでデニスたち寄生虫を始末する計画を立てており……。

振り向くと、鏡に自分の姿が映っていた。

そこに立っていたのは、目の下にくまをつくり、口を開けた中年女のアネ゠リーネ・スヴェンスンだった。もう一度見直すと、今度は冷酷で感情のない女が映っていた。アネリははっとした。冷静にここに立ち、今、自分がしたことによって血を流している人間をじっくり観察しているわたしは、いったい何者? わたしはおかしくなろうとしているのだろうか? そう考えたことは前にもあった。まあ、そうだとしてもかまわない。(p.556)

『特捜部Q―吊された少女―』の続編。

本作はシリーズでもっともプロットが錯綜していて、短期間で5つも殺人事件を解決している。犯人もそれぞれ違っており、読んでいるほうとしてもやや混乱気味である。大別すると過去の事件が3つ、現在の事件が2つになるだろうか。今回はある理由からローセが離脱しており、特捜部Qはカール、アサド、ゴードンの3人で動いている。これだけの少人数で5つも事件を解決するのは前代未聞で、まさに八面六臂の活躍である。

本作の見所はソーシャルワーカーのアネリが闇落ちして殺人鬼になるところだ。アネリは生活保護を担当しており、彼女の窓口には、「楽をして生きよう」「ズルをして生きよう」という人間のクズどもが集まっている。当然、連中に就労意欲はない。いかにして税金を掠め取るかに労力を費やしている。アネリにとってこの仕事は不毛でストレスの溜まる代物だ。おまけにプライベートも充実しておらず、現在は肥満体のオールドミスである。そんな彼女が癌の診断を受けたことでブチ切れる。この世の理不尽さに絶望したのだ。アネリは悪質な失業者をリストアップして殺害しようと試みる。彼女にしてみれば寄生虫の駆除という感覚だった。このように社会正義を名目にして己の鬱憤を晴らすところは、いかにも福祉国家の闇といった感じで気が滅入る。

一方、デニスを筆頭とした失業者グループもアネリのことを良く思っていなかった。彼女たちは彼女たちでアネリをどうにかしようと考えている。そして、いつしか両者の関係はエスカレートし、お互いの命を狙い合うことになった。一方が一方を攻撃するのではなく、双方が相手を打倒しようと行動する。アネリのプロットはターゲットとの緊張関係が読みどころである。

そして、両者の対立関係にローセが組み込まれている。ローセは以前から変装して妹に成り済ます癖があったが、本作でその理由が明らかになる。ローセには重い過去があり、その総決算となったとある事故への関与が浮上してくるのだ。特捜部Qのメンバーは失踪したローセのために奔走し、過去の事件を洗いつつ、彼女の居場所を探し出す。ローセが殺人事件の被害者と関わりがあったところは偶然にもほどがあると思ったけど、ミステリにこの手の偶然は付き物なので何とも言えない。複数の事件をなるべくコンパクトにするにはこうするしかなかったのだろう。いずれにしろ、本作でローセの謎が明かされたわけで、シリーズものとして大きく前進した感がある。

殺人鬼と化したアネリが鏡を見て一瞬我に返るも、すぐに正気を失うところに人間の恐ろしさが詰まっている。「無敵の人」とはこういうものなのだろう。プロットの都合と言えばそれまでだが、アネリの変貌ぶりに現代社会の病巣が見て取れる。