海外文学読書録

書評と感想

アンリ=ジョルジュ・クルーゾー『犯罪河岸』(1947/仏)

犯罪河岸(字幕版)

犯罪河岸(字幕版)

  • ベルナール・ブリエ
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★★★

舞台歌手のジェニー(シュジ・ドレール)は、夫でピアノ奏者のモーリス(ベルナール・ブリエ)と同じ職場で働いていた。夫妻の知人に写真家のドラ(シモーヌ・ルナン)がいる。ある日、ジェニーは金持ちブリニヨン(シャルル・デュラン)に見初められ、後援を申し出られる。嫉妬深いモーリスはそれに激怒するも、ジェニーはブリニヨンの家に行くことに。モーリスが密会の現場に乗り込むと、そこにはブリニヨンの死体が転がっていた。アントワン警部(ルイ・ジューヴェ)が捜査する。

原作はS・A・ステーマンの"Légitime Défense"(未訳)。

倒叙ミステリのような構成を逆手にとったプロットで感心した。犯罪映画ではあるけれど、並の犯罪映画ではない。プロットについては原作付きの強みが出ている。

モーリスの嫉妬深さが常軌を逸していて、ピストルを持ってブリニヨンの家に乗り込むのだから狂っている。供述によると、本気で殺すつもりだったらしい。しかし、実際は殺していなかった。現場に行ったら既にブリニヨンの死体が転がっていたのだ。とはいえ、この状況は極めてまずい。警察に正直に話したところで信じてもらえないだろう。だからモーリスは困った立場になった。最悪なのは、モーリスが付近に止めていた車を盗まれたことだ。これが大きな懸念材料になっている。事件を複雑にしてるのがモーリスの存在で、このまま犯罪者に仕立てられるかもしれないというスリルがある。

ジェニーとモーリスのディスコミュニケーションぶりにも注目すべきだろう。ジェニーはモーリスが現場に来る前、ブリニヨンをシャンパンの瓶で殴って昏倒させた。しかし、そのことをモーリスには隠している。一方、モーリスも自分がブリニヨンの死体を発見したことをジェニーに隠していた。2人はそれぞれ共通の知人であるドラに打ち明けている。この奇妙な三角関係がまた事件を拗らせていて、警察を真相から遠ざけることになる。

事件を通してジェニーとモーリスの仲が改善されるところもポイントだ。それまで2人は何かと口論していたけれど、ジェニーはモーリスの境遇に心を痛め、愛を確かめ合うことになる。折しも世間はクリスマスで沸き立っていた。そう、本作はクリスマス・ストーリーなのだ。世間の祝祭的な雰囲気とは裏腹に、ジェニーとモーリスは警察に追い詰められている。モーリスに至っては取調室で冬の寒さに凍えていた。こういった対照の妙も後の布石になっていて、事件にクリスマスを絡めたことである種の味わいが出ている。

ジェニーによると、労働者階級は警察が嫌いなのだという。強権的な態度が反感を買っているようだ。一方、警察には警察の言い分があって、自分たちは殉職の危険があるうえ、市民たちは都合のいいときだけ頼ってくるとぼやいている。こういった市民と警察のすれ違いは現代まで続いているわけで、いつまでも変わらない普遍的な問題なのだと実感した。