海外文学読書録

書評と感想

吉谷光平、西島豊造『あきたこまちにひとめぼれ』(2017-2018)

★★★

高校サッカー部の西宮が練習の後、食事をしに米食堂こまちに入る。そこでは小町という看板娘が働いていた。米食堂こまちは米そのものを楽しんでもらうため、その米に合う料理しか出さないという。後に西宮と小町は同じクラスであることが判明し……。

全4巻。

米に特化したグルメ漫画。米は品種によって味が違ううえ、おかずとの相性も異なる。それを1話1話丁寧に描いていく。マニアックな世界を青春ラブコメの枠組みに落とし込んでいて面白かった。米は280種類以上あるからいくらでも話が作れそうだけど、4巻で打ち切りになったのは残念である。

小町の情熱・ポジティブ思考が好ましい。当然のことながら、米への愛に溢れている。食堂の看板娘だけあって肝っ玉母さんっぽいところがポイントだろう。西宮にとって小町は世話焼き女房であり、その積極性が奥手である我々の琴線に触れる。本作に「母親」が出てこないのは小町が母性を一身に担っているからだ。男というものは母親に甘えたいし、母親のような女性と結婚したい。そのためにオイディプス王よろしく「父殺し」をする。しかし、本作にはその「父親」が出てこないため、西宮は楽々「母親」を手に入れているのだった。

これぞ現代らしいストレスフリーの物語である。家父長制が崩壊した現代にあっては「父殺し」の物語など成立しない。我々は去勢された男性性の社会を虚しく浮遊するしかなく、「やさしいパパ」を目指して奮励努力することになる。フェミニズムによって牙を抜かれた負け犬たち。これはこれでちょっと寂しくないだろうか。現時点では、家父長制の崩壊によって生きやすくなったのか生きづらくなったのか分からない。もう少し時間をかけて総合的に判断する必要がある。

米の世界の豊穣さに触れられるところもポイントだろう。知識として覚えておきたいとは思わないけれど、我々が住む世界の奥深さのようなものは感じられる。現実に米食堂こまちがあったらちょっと通ってみたい。料理がとても美味そうだし、何より米とおかずの組み合わせを堪能したいと思う。

「米は太らない」という回があった。しかし、普通に食うと太るらしいから看板に偽りありだ。だってご飯があったらおかずをどか食いするのは当たり前じゃないか。あと、個人的な経験では炊飯器が違うと米の味も別物のように変わるけれど、そういうところには踏み込んでなかった。とはいえ、米の正しい炊き方は教えてくれる。

高校3年間をわずか4巻で駆け抜けた。大人の事情とはいえ、もう少しゆったり読んでみたかった。