海外文学読書録

書評と感想

ユッシ・エーズラ・オールスン『特捜部Q―知りすぎたマルコ―』(2012)

★★★

コペンハーゲン警察。カール・マーク警部補たちはハウスボートの火災事件を機に外務省職員の失踪事件に着手する。背景にはアフリカの開発援助事業に絡む不正があった。一方、不法移民の少年マルコは失踪した職員の死体を目撃しており、死体から証拠品のネックレスを持ち出している。マルコはクランから追いかけられるのだった。

人はみんな、災いのひとつひとつの種の存在を知りながら、世界が木っ端みじんに砕けるときになってようやく、それがとんでもない災いに育っていたことを知るのかもしれない。二〇〇一年九月十一日にツインタワーにいた人たちも、そしてそのすべてを見ていた人たちも、きっとそうだったんじゃないか。道の真ん中でなすすべもなく立っていたこのとき、マルコはたった今起きたことが、自分の人生の本質をなす長い不幸の連鎖の延長でしかないと悟った。そして最後の鎖の環がまもなくそこに加わることを。(p.586)

『特捜部Q―カルテ番号64―』の続編。

今回はスロースタートな筋運びで、特捜部Qが本筋の捜査をするのが200ページに入ってからである。これでも全体の1/3だからミステリとしては標準的と言えなくもない。しかし、それにしたって下準備が長過ぎる。ハウスボートの火災事件。国から国へ渡り歩く犯罪組織。アフリカの開発援助事業に絡む不正。序盤は関係なさそうに見えた複数のプロットが合流し、連結する手並みを味わうべきなのだろう。プロットについては、シリーズ初期に比べるとだいぶ凝っている。

本作の特徴として、読者と登場人物の視野に大きな差があることが挙げられる。読者は犯行の全体像がだいたい見えている。一方、登場人物はそれぞれ限られた視野しか持っていない。語り手は読者に神の視点、あるいは神に近い視点を与え、上から精巧なミニチュアを眺めるよう要請している。読者からは各人の動きが丸見えであり、事件がどのように解決されるのか、プロットの運動を味わうようお膳立てされている。犯行のカラクリが分かっているという意味では、倒叙ミステリに近いと言えるだろう。読者に神の視点を与えることで、プロットの運動に興味を持たせるところが面白い。

今回は犯罪組織がかなり暴力的で、ターゲットを容赦なく殺害するところはシリーズに類例がない。クランはアマチュアに毛が生えた程度だけど、少年兵上がりの黒人は紛れもなく暴力のプロだ。15歳のマルコは利発とはいえまだ少年である。暴力から身を守るのも一苦労で、何度も危機に見舞われている。真実の一端を知るマルコがいかにして警察と接触するか。今回はマルコが不法移民であるため、大団円に持ち込むべく一摘みのスパイスが用いられている(同様のスパイスはある犯罪遺族にも用いられている)。警察がそんなことをしていいのかと思う反面、そんなことをするからこそ特捜部Qというはみ出しもの集団と言えなくなもない。情実が法を超える。これは組織内組織じゃないとできないことだ。

シリーズものとしては、殺人捜査課長のマークスが退職。後任にラースが就いている。特捜部Qには業務管理担当にゴードンが加入した。また、アサドの秘密が一部開示されていて、彼はフセイン政権下のイラクでラースと関わっていたことが判明する。ここに来てラースがキーパーソンに浮上した。アサドの謎が少しずつ、少しずつ明らかになっていく。シリーズものとしてやはり先が気になる。