海外文学読書録

書評と感想

リチャード・ドナー『スーパーマン ディレクターズカット』(1978/米=英)

★★★

惑星クリプトンが崩壊の危機を迎えた。科学者のジョー=エル(マーロン・ブランド)がまだ赤ん坊である自分の息子を地球に避難させる。その赤ん坊は田舎町の農民夫婦に拾われることになった。クラーク・ケントクリストファー・リー)と名付けられた赤ん坊はすくすくと育ち、メトロポリスの新聞社に入社する。同僚のロイス・レインマーゴット・キダー)に惹かれるクラーク・ケント。一方、彼はスーパーマンとして市民たちを危機から救うのだった。スーパーマンはやがて天才犯罪者レックス・ルーサージーン・ハックマン)と対決することになる。

思ったよりも普通のヒーローものだった。『マン・オブ・スティール』のようなシリアスなテーマ設定はこれっぽっちもない。根底にあるのは超人が活躍する快楽であり、優れた能力者が身分を偽る二面性である。CGや特撮を駆使しつつ凡庸なエンターテイメントに終始していて、正直、今見るには物足りなかった。

クラーク・ケントがジョー=エルに課せられた使命は、陰でリーダーシップを発揮して人類を助けることである。これはノーブレス・オブリージュの精神と言っていいだろう。学生時代のクラーク・ケントは目立たないように生活することにうんざりしていた。自分の能力を存分に使いたいと熱望していた。それが実父のお墨付きで実行できることになったのである。ただし、クラーク・ケントという表の顔とスーパーマンという裏の顔を使い分けることが条件だ。正体がバレると何かと不都合がある。普段は冴えない新聞記者を演じ、いざというときは超人として力を振るう。このような韜晦はすべての男子にとっての夢だろう。本当の自分は別のところにあり、そこでは人知れず能力を発揮している。スーパーマンはまさに男の夢を体現する存在だった。

クラーク・ケントは同僚のロイスに惹かれるも、ロイスのほうは気のない様子。一方、ロイスはスーパーマンに惹かれている。2人で夜空のデートをしてからはますますその思いが強まった。こういった捻れたロマンスも二面性の為せる技だろう。いずれは正体を明かし、全存在を賭けた関係になるとしても、本作の段階ではまだ分離している。ゾット将軍のプロットも未回収だったし、おそらく本作を作った時点で続編の構想があったのだろう。そう考えると、長尺のわりにはいくぶん消化不良である。

スーパーマンはスーパーな力を持っていて、銃弾を跳ね返し、炎をものともせず、凍らされても復活している。おまけにとんでもない怪力を振るい、空を飛ぶこともできた。人間では到底勝てない完璧超人である。しかし、実は思わぬ弱点があって苦戦することになった。レックスがそれを利用するところはご都合主義にもほどがある。

その反面、地球を逆回転させて時間を巻き戻す力技は素晴らしい。ご都合主義にも許せるものと許せないものがあり、その案配がエンターテイメントの肝であることが分かる。地球の逆回転はアイデアが秀逸だった。