海外文学読書録

書評と感想

マイケル・ムーア『華氏119』(2018/米)

★★

2016年11月9日。共和党ドナルド・トランプ候補が民主党ヒラリー・クリントン候補を破って大統領選挙に勝利する。それは大方の予想を覆すものだった。トランプ大統領はポピュリストで政権運営も問題含みだったが、それ以前のオバマ政権にも瑕瑾があり……。

マイケル・ムーアは衝撃的な映像素材をコラージュ的に繫ぐのが上手く、何の予備知識もなく見ているとその主張に説得されそうになる。良くも悪くもプロパガンダに徹しており、あからさまな印象操作も辞さない。そこが賛否両論分かれるところだろう。左派だったら高く評価し、右派だったら低く評価する。そういう党派性を露骨に見込んでいて、見る者の立場によって評価が変わるような作りになっている。

トランプの演説を断片化して恣意的に繋いだり、勝手に彼の内面を忖度してストーリーを作ったり、やってることがワイドショーレベルにまで落ちているのが気になる。また、トランプと娘イヴァンカの近親相姦的な関係を示唆するところは、個人攻撃としてはいささか下品だ。2人の仲がどうであろうと政治とは一切関係ないではないか。そして、極めつけはトランプをヒトラーになぞらえるところである。レトリックとしては至ってありがちで、日本でも小泉純一郎安倍晋三ヒトラーを引き合いに批判されていた。こういった悪魔化はポピュリストを腐す際には避けて通れないとはいえ、名うての映画監督がやるには凡庸すぎて拍子抜けである。この辺、自分を「正義」と確信した左派の悪い部分が表れている。

オバマ政権下の失態としてフリントの汚染水問題をクローズアップしている。ミシガン州フリントでは従来ヒューロン湖から取水していたが、政治的な事情によってフリント川から取水することになった。ところが、フリント川は水質に問題があり、老朽化していた水道管を腐食させてしまう。その結果、水道管の鉛が水に溶け出し、汚染水が家庭に届くようになった。当時の州知事共和党の政治家である。これは州知事が悪いだろうと思っていたら、フリントにやってきたオバマ大統領も水を飲むパフォーマンスをして帰っていた。これにはフリントの住民もがっかりである。フリントには州兵が派遣され、非常事態宣言が発令された。このエピソードで分かることは、民主党も国民のニーズを汲み取れていないことだ。だから大統領選挙でトランプが勝利した。どの政権でも政治の腐敗は免れないものだと痛感する。

ところで、トランプが支持されたのは、左派が押し付けたポリティカル・コレクトネスに国民がうんざりしたのも原因だろう。左派による上からの規範がパターナリズムの再来になっていた。2016年の大統領選挙当時、日本でもそういった分析がされていたはずである。ところが、本作ではそのことに一切触れていなかった。アメリカ人のPC疲れ。ポピュリストの台頭を批判するなら、この点について分析しないと片手落ちだろう。