海外文学読書録

書評と感想

音井れこ丸『若林くんが寝かせてくれない』(2015-2018)

★★★

高校教師の須住は睡眠不足に悩まされていた。彼は学校で昼寝をしようとするが、女子生徒の若林が何かとちょっかいをかけてきて寝かせてくれない。若林は須住に好意を抱いていた。そんななか、西宮という女子大生が教育実習生として学校にやってくる。西宮はこの学校出身で、かつて須住に告白していた。

全5巻。

睡眠ラブコメ。当初は性欲を感じさせないゆるふわシットコムだったものの、3巻から路線変更して恋愛要素が強まっている。

2巻までの須住はぬいぐるみである。肥満体型で口髭を生やした中年男だ。女子生徒の若林に性的なちょっかいをかけられても動じない。それどころか、性欲なんてないものだとして振る舞っている。須住の欲望はただ安眠することだった。手を変え品を変え迫ってくる若林に対し、須住はぬいぐるみ的な愛らしさでいなしている。教師と生徒のプラトニックな関係。ここら辺は「終わらない日常」といった感じで微笑ましかった。

ところが、3巻から2人の関係が急変する。須住が若林に女を感じて勃起するのだ。須住は教師が聖職であるとして自制するも、ぬいぐるみから突然ペニスが生えてきた事実に変わりない。それまで性欲など微塵も見せなかった須住が急に生々しくなっている。こうなると「終わらない日常」に終点が見えるのも必定で、物語は三角関係を挟みつつ打ち切りみたいな最後を迎えている。

同じシットコムでも、『からかい上手の高木さん』【Amazon】や『かぐや様は告らせたい』【Amazon】が長続きしているのは性欲を描いていないからだろう。西片も白銀もぬいぐるみに徹しており、決してペニスを見せない。結果として「終わらない日常」がだらだらと続いている。とはいえ、両作が人気なのも確かであり、「終わらない日常」をネタ切れせずに書き続けるのは才能だろう。現時点で『からかい上手の高木さん』は17巻、『かぐや様は告らせたい』は25巻出版されている。そう考えると、わずか5巻で終わった本作は持続力に欠けると言わざるを得ない。

若林と西宮が須住に好意を抱いている理由は、彼に父親の面影を見ているからだ。加えて須住の肥満体型が言いしれぬ安心感を与えている。ちょうど我々が力士に好感を抱くのと同じ理屈である。肥満体型の男には愛嬌があり、ぬいぐるみのような親しみやすさがある。若林も西宮もファザコンが転じて恋愛にまで至っているわけで、本作は中年男性にとって夢のようなシチュエーションが描かれている。

睡眠不足に悩んでいた須住。彼が一番よく眠れた場所が若林の膝枕というのが最高にエモかった。