海外文学読書録

書評と感想

相米慎二『台風クラブ』(1985/日)

★★★★

田園風景が広がる地方都市。夜中、中学校のプールに男子生徒・女子生徒たちが侵入し、ちょっとした騒動になる。翌日、授業中の教師のもとに恋人の母親が乱入して大いに揉める。やがて台風が到来。学校に残った生徒たちが男女入り乱れて裸で乱痴気騒ぎする。三上恭一(三上祐一)と高見理恵(工藤夕貴)はクラスメイトでいい関係だったが……。

ATGと東宝が共同で配給しているのが象徴的で、自主制作映画っぽいノリでありながらもギリギリ一般人でも見れる形で洗練されている(といっても、女子中学生の下着姿が頻出するので他人と観るのは気まずい)。

田舎の人間は部活に強制加入させられ、そこで若いエネルギーを蕩尽することになる。しかし、本作の生徒たちは受験期で部活を引退した身だ。エネルギーのやり場がない。そんな中、台風がやってきて発散の機会を与えられる。夜間の学校、それも風雨によって閉ざされた学校というのは最高のシチュエーションだ。そもそも田舎の人間は近所に遊び場がないから程よい遊び方を知らない。それが素っ裸の乱痴気騒ぎに表れている。人はハイになるとなぜ脱ぐのかは大きな謎だけど、シラフでここまで弾けられるのは若さの特権だ。そして、ここで注目すべきは彼らが百姓の子供たちであることだろう。彼らがやっているのは古代から受け継がれてきた祭りなのである。祭り。当初は五穀豊穣を願っていたものの、いつしか形骸化した。本作ではその原始的な本能のみが取り出され、祭りが達成すべきトランス状態を具象化している。

田舎の人間は閉じ込められている。おまけに娯楽もない。理恵はその状況にうんざりして家出し、原宿まで足を伸ばしている。田舎の人間には都会ものには分からないつらさがあり、それはちょっとしたイベントで解消するしかないのである。僕も学齢期は田舎で暮らしていたから彼らの気持ちはよく分かる。退屈な日常から越境する機会があったら迷うことなく飛びついただろう。本作は田舎の映画なのだ。それは終盤で飛び降り自殺した恭一が『犬神家の一族』【Amazon】みたいに逆さで埋まっていることからも明らかである。都会ものには分からない田舎の鬱屈。本作は横溝正史の延長上にあると言っても過言ではない。

それにしても、出てくる男どもがみな精巣にしか見えなくてまいった。大人も子供もみな射精したそうな顔をしている。そのせいか男子生徒と女子生徒の絡みには常に緊張が漂っていた。実際、ある男子生徒(紅林茂)は学校で女子生徒(大西結花)をレイプしようとしている。また、学校外でも理恵が行きずりの男(尾美としのり)の部屋にあがったシーンは危うさの極地だった。そんなわけで、画面から横溢する男子のリビドーに圧倒された。