海外文学読書録

書評と感想

マリオ・バルガス=リョサ『ケルト人の夢』(2010)

★★★

1864年にダブリンで生まれたロジャー・ケイスメントは、イギリスの外交官としてコンゴに派遣される。そこで行われていた先住民への虐待を告発することで世論を喚起させたのだった。その後はアマゾンに派遣され、ゴム採取業者が先住民に対して行っていた虐待を告発し、業者を解体させることに成功する。やがてロジャーはアイルランド独立闘争に身を投じるも、イギリス当局に逮捕されて死刑判決を受けるのだった。

彼女は泣きそうになって声を詰まらせた。ロジャーはもう一度彼女を抱きしめた。

「ずっと愛してたよ、ジー、最愛のジー」と彼女の耳元でささやいた。「そして今も、前よりずっと。いいときも悪いときも、君が僕に誠実でいてくれたことに、いつだって感謝してるよ。だからこそ君の意見は、数少ない大事な意見の一つなんだ。僕がアイルランドのためにやってきたことを全部知ってるね、そうだろう? アイルランド大義のように、気高くそして高潔な大義のためだよ。違うかい、ジー?」(pp.23-24)

実在の人物を題材にした歴史小説。今回はいつもとは違って文章技法に凝るわけでもなく、過去と現在を行き来する構成と相俟って読みやすい小説になっている。叙述は主流文学の作家らしくしっかりしていて、歴史ドキュメントといった風情の堂々たる風格だった。正直、本業の歴史小説家が書く小説よりよっぽど濃い。小説は文章で読ませてなんぼという気がする。

ロジャー・ケイスメントの人生を貫いているのは「人道的であること」だろう。コンゴやアマゾンにおける虐待の告発は容赦がなかったし、晩年に従事したアイルランド独立闘争では故郷のために尽力した。強者による理不尽な支配から弱者を解放する。コンゴ、アマゾン、アイルランドとロジャーは常に弱者の側に立っていた。面白いのは、ロジャーが精神的にコスモポリタンだったところだ。ロジャーは母親を失って以来孤独を感じており、追放された者という感覚を抱いていた。イギリスやアフリカなど、どこにいても帰属意識を持てないでいる。しかし、どこにも帰属してないということはあらゆるところに帰属しているということであり、それが彼をコスモポリタンたらしめていたのだ。そんな国際派が国際派であるがゆえにナショナリズムに目覚め、アイルランド独立闘争という茨の道に入っていく。母親の死によって帰属意識を失った男が、安住の地を求めて故郷に帰る。ロジャーがアイルランドに執着したのは、母親に執着したのと同義なのだと思う。

ロジャーと母親との関係で注目すべきなのが宗教だ。ロジャーは父親の方針で表向きピューリタンとして育てられたものの、実は幼少期に母親の手でこっそりカトリックの洗礼を受けていた。イギリスがピューリタンの国なのに対し、アイルランドカトリックの国である。ロジャーにとってカトリックは母親との共犯関係であると同時に、祖国アイルランドとの結びつきを示すものだった。このことを踏まえると、晩年のアイルランド独立闘争には母親の影がちらついてくる。

好かれることと嫌われることは表裏一体である。ロジャーはコンゴやアマゾンでの虐待を告発することによって、現地の関係者からは酷く嫌われた。その一方、世間からは正義を成した人として好意的に見られている。その後、アイルランド独立闘争ではイギリス中から裏切り者と非難され、遂には処刑されることになった。しかし、アイルランド人にとってロジャーは救国の英雄である。このように人間とは見る者の立場によって評価が変わる。後世から俯瞰的に判断できる我々は幸せだと思った。