海外文学読書録

書評と感想

D・W・グリフィス『散り行く花』(1919/米)

★★★

中国人の若者(リチャード・バーセルメス)が西洋の国に仏の教えを伝えようと旅立つ。ところが、いつしか若者はその志を忘れ、ロンドンの貧民街で店を開いていた。一方、同じ貧民街では少女ルーシー(リリアン・ギッシュ)がボクサーの父(ドナルド・クリスプ)からDVを受けている。ある日、若者はルーシーが自分の店で倒れているのを見つけるのだった。

原作はトーマス・バーク「中国人と子供」【Amazon】。

サイレント映画である。

当時西洋社会で差別されていた中国人を善の側に持ってきたのは画期的だった。まあ、役名が「The Yellow Man」なのは酷いと思ったけど。ただ、日本語字幕では一貫して「若者」と表記されていて、販売会社(合同会社文輝堂)の配慮が窺える。

本作は虐待描写が振るっていた。直接的な暴力は描かれてないものの、父親に「笑顔を見せてみろ」と言われたルーシーが偽りの笑顔を見せるシーンなんかは悲壮感が溢れている。表情だけ笑顔で目は笑ってないのだ。また、ルーシーがこれから鞭打たれようとするとき、「見て、靴にホコリが」と言って父の靴を自分の服で磨くところも凄まじかった。ルーシーがパニックに陥っている様子を説得力のある形で示している。まさかこの時代にこんな繊細な描写をしているとは思わなかった。

ルーシーが絶望的なのは、父がボクサーゆえに勝ち目がまったくないところだろう。おまけに自分を守ってくる人が誰もいない。母は15年前に逃げてしまったし、近所の人も特に介入してくることはなかった。ルーシーは圧倒的暴力の前に屈するしかなく、その閉塞感は並々ならぬものがある。

若者は自分の店で倒れていたルーシーを助け、2階の住まいに彼女を匿う。期せずして若者の家がDV被害者のシェルターになった。とはいえ、この状況も先の展望がない。現代で言えば、若者の立場は家出少女を自宅に住まわせているおたく青年みたいなものだ。いつかその生活にも終わりが来る。民間人は家出少女を永遠に匿ってなどいられないのだ。それだけに見ているほうも悲劇的な結末が予感されて、何ともやりきりれない気分になる。

アクションについては、ボクシングのシーンよりも父が若者の住まいで家具を破壊しまくるシーンのほうが迫力があった。整然としていた部屋が一転してとっ散らかっている。その破壊の跡にはある種の芸術性さえ宿っていた。また、若者と父が一対一で対峙するシーンも緊張感があっていい。お互いに相手の出方を窺うところは、まるで西部劇の抜き撃ち対決のようである。それだけに勝負の結末には溜飲が下がった。

鐘の音は若者の原点で、仏の心を象徴するものだったけれど、それがラストで弔鐘になるところに悲しみがあった。