海外文学読書録

書評と感想

ギ・ド・モーパッサン『宝石/遺産 モーパッサン傑作選』(1883,1884)

★★★

日本オリジナル編集の短編集。「宝石」、「遺産」、「車中にて」、「難破船」、「パラン氏」、「悪魔」の6編。

ここ一週間、例の夕食にそなえてカシュランは忙しく動きまわった。家庭的で、しかも上品な料理を出さねばならないということで、献立については長らく論議をかさね、結局、以下のように決まった。卵のコンソメ、小海老とソーセージのオードブル、ロブスター、上等の鶏肉、缶詰のグリンピース、フォワグラのパテ、サラダ、そしてアイスクリームにデザート。(Kindleの位置No.388-391)

以下、各短編について。

「宝石」。ランタン氏が地方の収税吏の娘と結婚する。彼女は人生の伴侶として最高だった。ただ、ランタン氏にはふたつだけ不満がある。それは妻が芝居好きなことと、イミテーションの宝石類に目がないことだった。話の筋よりも購入資金の出どころが気になった。やはり贈りものなのだろうか? ということは、妻は不貞をはたらいていたのかもしれない。でも、それだとランタン氏の評価とは食い違うことになる。父の収税吏が金持ちの可能性もあるが、不正をしない限りそれもないだろう。気になって夜も眠れない。

「遺産」。役所勤めのカシュランには億万長者の姉がいた。姉は遺言で自分の財産をカシュランの娘に相続させると言っている。ある日、カシュランは同僚の出世頭ルサブルに目をつけ、彼を自分の娘と結婚させようとする。目論見通りルサブルと娘は結婚、姉も死んで遺言が明かされるが……。金持ちがめちゃくちゃな遺言を残して遺族を困惑させるのってフィクションではありがちだ。目の前にでかいニンジンがあるせいで不幸になるの、本人とっては悲劇だけど周囲にとっては喜劇だろう。何せ「他人の不幸は蜜の味」だから。僕だって競争相手には金持ちになってほしくない。それはともかく、本作は人間関係が壊れたり修復したりする様子が面白かった。赤ん坊の出自はあれだけど、遺産には代えがたいから結果オーライというところか。

「車中にて」。神父が3人の子供たちの引率することになった。列車の個室には具合の悪そうなご婦人が乗り合わせている。神父が子供たちと話をしていると、突然ご婦人がうめき声をあげた。一番下の子供でも11歳だから、真実を話してもいいような気がするけれど、当時はまだ駄目だったらしい。この時代の性教育がどんな感じだったのか気になる。

「難破船」。食事の席で旧友のジョルジュが身の上話をする。20年前、海上保険会社の査定係をしていたジョルジュは、難破船の調査のため島に向かう。現場にはイギリス人男性と娘3人がいて……。途中からこれが身の上話だということを忘れ、オチの部分で「そういえば!」となった。それくらい語り口に引き込まれる。で、ジョルジュの恋心はおそらく吊り橋効果だろう。この理論が実証されたのが1974年らしいので、本作は100年ほど先駆けている。なかなかすごいことではないか。

「パラン氏」。パラン氏は妻のアンリエットと幼い息子のジョルジュと暮らしていた。パラン氏はアンリエットから何かと強く当たられている。あるとき、パラン氏は家政婦のジュリーから意外なことを告げられる。アンリエットは友人のリムザンと不倫しており、ジョルジュの父親もリムザンなのだという……。コキュの人生はいつだって悲しい。不倫した男女は20年経っても息子と幸せに暮らしているのだから。でも、僕はアンリエットの言い分だって分かるのだ。鈍重な男はたまらなく苛立たしいということを。僕にも癪に障る人間はたくさんいるけれど、どいつもこいつも己の鈍重さに気づいてないおめでたい連中だった。そういう奴らに現実を分からせたいという欲求を抱えている。

「悪魔」。92歳の老婆に死期が迫っていた。息子のオノレは医者から老婆を看病するよう言われるが、仕事があってそれもできない。オノレはラペの婆さんに金を払って看病を頼むことに。その際、ある条件をつける。息子もラペの婆さんも老婆の死に対してドライだけど、こういうのは古今東西どこでもそうなのだろう。死が逃れられないならなるべく早く死んでもらいたいのが人情だ。今回は金の損得がかかっていてそれが物語の面白みに繋がっている。