海外文学読書録

書評と感想

ルキノ・ヴィスコンティ『白夜』(1957/伊=仏)

★★★★

イタリアの港町。マリオ(マルチェロ・マストロヤンニ)が橋の上で泣いている少女ナタリア(マリア・シェル)に声をかける。ナタリアはハンサムな下宿人(ジャン・マレー)に惚れたものの、下宿人は1年後に戻ると言って立ち去ってしまったのだった。ナタリアはマリオを仲介役にしようとする。ところが、マリオはナタリアに惚れていて……。

原作はフョードル・ドストエフスキーの同名小説【Amazon】。

三角関係を扱ったメロドラマ。女の身勝手さを描いた話でもあるし、弱者男性の悲哀を描いた話でもある。いずれにせよ、恋愛においては選択権を握ったものが強いということだ。ナタリアは最初から下宿人のほうを向いていたのだから、後から出てきたマリオに勝ち目はなかった。わずかに付け入る隙はあったものの、ほとんど運任せである。強者男性である下宿人が現れたらすべてが御破算になるのだ。下宿人がナタリアを振り回し、ナタリアがマリオを振り回す。2人の男女が一方的に相手を追いかけていく関係。マリオは「どしたん? 話聞こうか?」からワンチャン狙っていたのだろうが、残念ながら相手が悪かったと言うしかない。身の上話を聞いた時点でフェードアウトしておくべきだった。

ナタリアは天然の悪女といった感じでマリオを都合のいいように使っている。しかし、彼女に悪気はまったくない。ナタリアはマリオの恋心を軽く扱い、あくまで親切な友人のポジションに置いている。相手は自分に無償の好意を持っており、自分はそれを遠慮なく利用しようというのだ。下宿人に恋するナタリアにとってマリオはあくまで仲介役である。自分の恋を成就させるキューピット。一方、マリオは一時的にその地位に甘んじているとはいえ、最終的にはナタリアを勝ち取りたい。恋する乙女をいかにしてこちらに振り向かせるか。2人は途中でいい雰囲気になったから結ばれる可能性は十分にあった。ところが、約束の場所に下宿人が現れたことでそれまでの努力が水泡に帰してしまう。一緒にいたマリオの元を離れ、ナタリアは下宿人と抱き合う。一人その場に取り残されたマリオは、まるでコキュのような惨めな姿を晒したのだった。

本作にはナタリア以外にも印象的な女がいる。それはマリオに絡んでくる娼婦だ。彼女はマリオから邪険にされたことで猛烈なヒステリーを起こす。それがきっかけで現場は乱闘にまで発展するのだった。公衆の面前でなりふり構わず喚く様子は、まるで店員を怒鳴りつけるクレーマーのよう。その強靭なメンタリティには恐れおののくほかないが、しかし、世の中にはBPDのように感情を制御できない人もいる。おそらく娼婦もその類なのだろう。方や自分の恋心に正直なナタリア。方や自分の感情に正直な娼婦。本作は女の生態を描いた映画として興味深い。

映像面ではダンスシーンや雪景色などけっこう凝っていて、ただの人間喜劇では終わらせない深みがある。また、マリオ、ナタリア、下宿人の3人が同じフレームに入るショットも素晴らしい。最後の最後、各自の明暗がくっきりと別れている。本作は筋書き以上にいい映画だった。