海外文学読書録

書評と感想

ラース・フォン・トリアー『ダンサー・イン・ザ・ダーク』(2000/デンマーク=独=英=仏=スウェーデン=オランダ=伊=ノルウェー=フィンランド=アルゼンチン=台湾=ベルギー)

★★

アメリカの田舎町。チェコからの移民セルマ(ビョーク)は目の病気で盲目になりつつあった。彼女は息子ジーン(ヴラディカ・コスティック)とトレーラーハウスで暮らしており、ジーンにも病気が遺伝している。セルマは息子の手術代を稼ぐべく工場で働いていた。セルマの周囲には親友キャシー(カトリーヌ・ドヌーヴ)とセルマに懸想しているジェフ(ピーター・ストーメア)がいる。ある日、セルマは息子の手術代を大家のビル(デヴィッド・モース)に盗まれてしまい……。

登場人物が監督の操り人形みたいで不自然だった。終盤で何か捻りがあるのかと思ったらそれもなかったし。ミュージカルシーンもおざなりですべてが中途半端だった。ただひとつ、ラストの一発ネタをやりたかったことは伝わってくる。

セピア色の現実からカラーの空想に切り替わるアイデアは『オズの魔法使』【Amazon】から借りたのだろうが、本作にはあの映画ほどの衝撃がなかった。世界が一変するほど飛躍してないというか。本作においてミュージカルシーンはすべて空想であり、従ってどのシーンもカラーで表現されている。それなりに浮いた感じはあるものの、カット割りが細かすぎて小洒落たテレビCMを見ているようだった。現代のミュージカル映画ってだいたいこの悪癖を抱えていると思う。あんなにズタズタに編集して、何のために歌や踊りを撮っているのか分からない。どうせだったら演者の超絶技巧を見たいわけで、あのサーカスみたいなカット割りはどうにかしてほしかった。

セルマが銀行に金を預けてないのが謎だった。犯罪大国アメリカで2千ドルもの大金を自宅に保管しているなんてあり得ない。しかも、その2千ドルは息子の手術代である。絶対に無くしてはいけない金だ。移民だから銀行口座が作れないのかと思ったけれど、いくら何でもそれはないだろう。この映画、セルマが自宅に大金を保管していることがすべての元凶なので、そこは納得のいくロジックが欲しかった。

視覚障害者のセルマが福祉を受けずに工場で働いているのも腑に落ちない。生活費はともかく、息子の手術代は福祉から出ないのだろうか。まあ、セルマの行動はどれを取っても息子への贖罪なので、敢えて茨の道を歩んでいるのかもしれない。大金を銀行に預けてないのも、また公的な福祉を受けてないのも、セルマの盲目ぶりを示す設定と考えれば納得がいく。貧困層の無知、あるいは視野の狭さが表れていると言えなくもない。

最初から最後まで徹底して男女のロマンスを排除しているのが良かった。ジェフはセルマに恋をしているものの、その思いは断固として拒否される。結局、ジェフはセルマを助けることができない。ハリウッド映画とは文法が違っていて興味深かった。

とはいえ、登場人物が監督の操り人形みたいで悲劇も予定調和なのがきつい。これを名作として持ち上げるのには抵抗がある。