海外文学読書録

書評と感想

周防正行『シコふんじゃった。』(1992/日)

★★

教立大学。コネで一流企業への就職を決めていた山本秋平(本木雅弘)だったが、卒業論文の指導教員・穴山教授(柄本明)により、卒業に必要な単位が取れないと通告される。山本は単位と引き換えに相撲部の助っ人として大会に出場することを要請されるのだった。相撲部には青木富夫(竹中直人)しか部員がおらず、あとは大学院生の川村夏子(清水美砂)が名誉マネージャーとして顔を出している。勧誘の結果、田中豊作(田口浩正)と山本春雄(宝井誠明)が相撲部に協力することになり、団体戦に出場することになった。その後、交換留学生のジョージ・スマイリー(ロバート・ホフマン)も相撲部に入る。

相撲という男の世界をバブルのチャラさで中和したところが本作の美点だろうか。ただ、個人的にバブル時代に対しては憧憬と軽蔑が入り混じった複雑な感情を抱いていて、あまり公正に判断できない。好況を背景にした屈託のない青春が羨ましい反面、「楽してずるする」浮ついた気風には反感しかおぼえない。学業もほどほどにレジャーを楽しみ、就職はコネで一流企業にしれっと滑り込む。バブル時代に特有の「存在の耐えられない軽さ」がどうにも鼻につくのだ。この時代は、日本の戦後史における最大の汚点とすら思っている。結局のところ、こいつらの尻拭いをしているのが我々の世代なので、世代間対立はよくないと思いつつ、何とも言い難い敵意を心に忍ばせているのだった。

試合のシーンが思いのほか良くできていて、実際の相撲を綿密に研究した跡が窺える。素人がこれだけ熱戦を演じられるのだったら、大相撲の力士が八百長をしても我々は見抜けないのではと思ったほどだ。ここだけの話、大相撲の八百長は文脈から判断するのが通例で、たとえば千秋楽の結びの一番はモンゴルダンスになることが多い。というのも、それまでに優勝が決まっている場合、横綱同士が真剣勝負をするインセンティブがないから。また、かつては大関互助会なるものが存在し、カド番大関の一挙手一投足を観察する楽しみもあった。通は八百長込みで相撲を楽しむものである。この心性は先に書いた「浮ついた気風」への反感と矛盾すると思われるだろう。しかし、人間には一貫性なんてなく、良く言えば是々非々、悪く言えばいい加減に物事を判断しているため、こうなるのも仕方がないのである。人間が抱える矛盾を素直に受け入れるのが大人というやつだ。

教立大学はミッション系の大学なのに道場に神棚を飾っている。そのことを臆面もなく指摘する交換留学生が素敵だ。彼は部員の中で一番強いのだけど、スパッツ問題によって終盤まで試合に出場しない。弱小チームでもハンデを設けるところはこの手の物語のお約束である。団体戦には団体戦ならではの勝敗を読む楽しみがあるのだ。そんなわけで、高校相撲を題材にした『火ノ丸相撲』【Amazon】は出色の出来だったと再確認することになった。

本作が公開された1992年は、貴花田が史上最年少で幕内最高優勝を果たした年で、若貴ブームの真っ盛りだった。角界にとっては幸福な時代だったようだ。