海外文学読書録

書評と感想

ウィリアム・トレヴァー『ラスト・ストーリーズ』(2018)

★★★

短編集。「ピアノ教師の生徒」、「足の不自由な男」、「カフェ・ダライアで」、「ミスター・レーヴンズウッドを丸め込もうとする話」、「ミセス・クラスソープ」、「身元不明の娘」、「世間話」、「ジョットの天使たち」、「冬の牧歌」、「女たち」の10編。

ハリエットは泣いた。丹精した庭にかつて広がり、今も広がり続けている美しさが涙に霞んで、歪みの中に消えた。彼女は目をこらし、その美しさが戻ってきて、かつてよりも輝きを増すのを見届けた。だがすべてをしくじった世界では、朝のその景色はあざ笑っているようにしか見えなかった。(p.128)

著者の死後に出版されている。亡くなったのは2016年。

以下、各短編について。

「ピアノ教師の生徒」。オールドミスが自宅で少年にピアノのレッスンをする。少年は天才だった。ところが、少年が帰った後に毎回家の小物がなくなっている。ある程度歳をとった人間が、些細な事件をきっかけに啓示が訪れ、過去の自分を問い直す。そういう気づきは確かにあると思う。あの頃のあれはあーだった、みたいな。僕も同じ経験をしたことがある。そして、才能とはいつだって残酷で、宿る人間を選ばない。

「足の不自由な男」。農場に住む足の不自由な男が、外国から来た2人組に外壁の塗装を依頼する。足の不自由な男は親戚のマーティーナと暮らしていた。2人組が曖昧な生活をしているジプシーであるところがヨーロッパっぽい。そして曖昧な人たちゆえに、他人の不正に感づいてもスルーすることができる。ところで、2人の出身地域っていわゆる無縁所ってやつだろうか。ヨーロッパならこういうのがあってもおかしくない。 

「カフェ・ダライアで」。長い歴史を持つカフェ・ダライア。若い頃ダンサーをしていたアニタは、現在下読みの仕事をしている。そんな彼女が旧知のクレアと再会する。2人には男を巡る因縁があった。ウィリアム・トレヴァーの短編って、歳を重ねた人ならではの円熟した視点が感じられる。人生の機微に通じているというか。夫婦の場合、先に死ぬのはだいたい夫なので、残された妻の気持ちを考えるのは難しい。でも、ウィリアム・トレヴァーにはそれが分かるようだ。ところで、本作はカフェが2人の人生の結節点になるところがいい。そのカフェにも男女にまつわる逸話がある。

「ミスター・レーヴンズウッドを丸め込もうとする話」。銀行の窓口業務をしていたロザンヌが、客のミスター・レーヴンズウッドから食事に誘われる。ロザンヌには彼氏と子供がおり、ミスター・レーヴンズウッドは妻と死別した男やもめだった。ロザンヌの彼氏が育ちの悪いDQNで、女はこういうダメ男が好きだよねえと思った。彼の存在によって、ミスター・レーヴンズウッドの礼儀正しさが際立っている。 人の価値とはあまり関係ないとはいえ、こうまで階級の差を見せつけられると絶望する。

「ミセス・クラスソープ」。金目当てで結婚した男と死別したミセス・クラスソープが、妻を亡くした男エサリッジと出会う。女にとって第二の人生は、未亡人になってからなのだろう。夫の遺産で悠々自適の独身生活。しかも、ミセス・クラスソープはまだ59歳だ。僕がこの立場だったら、ひたすら芸術に親しむ生活を送っただろう。 しかし、ミセス・クラスソープはそうはいかない。自分が撒いてきた運命の渦に飲み込まれてしまう。そこは堅実なエサリッジとは対照的で、人生とはままならないものだと嘆息する。

「身元不明の娘」。天涯孤独のエミリー・ヴァンスが車に轢かれて死亡する。目撃者によると自殺のようだった。エミリーはハリエットのところで掃除婦として働いたことがあり……。自分と少しでも関わった人間の死って、喉に刺さった魚の小骨のように引っ掛かる。僕もネット上の知り合いを自殺で亡くしているのでよく分かる。それにしても、毎日多数の人間が死んでいくなか、こうやって一人の人間の死に焦点を当てるところは、フィクションが持つ良心的な機能だと思う。たとえ作り物でも。

「世間話」。オリヴィアの家に来訪者が現れる。相手はヴィニクムの妻だった。オリヴィアは最近ヴィニクムにストーキングされており……。ヴィニクムもその妻も思い込みが激しくて、割れ鍋に綴じ蓋みたいなところがある。ただ、ヴィニクムには弁解の余地がないけれど、妻のほうは事情が事情なので仕方がないと同情する。みんな自分の物語を話さずにはいられないのだ。

「ジョットの天使たち」。絵画修復師のコンスタンタインは記憶障害を患っていた。彼は教会を探し歩いている。その途中で街娼と出会い、色々あって自宅の倉庫に連れてくる。この世には欠落ゆえに聖性をまとっている者がいて、コンスタンタインもその類なのだろう。金を盗んだ街娼も相手が聖人だから後悔するのだった。しかし、決意と行動の間は限りなく遠い。覆水を盆に返すのも楽ではないようだ。

「冬の牧歌」。田園屋敷に住むメアリー・ベラは、子供時代にアンソニーという家庭教師に勉強を教わった。その後、メアリーは大人なってからアンソニーと再会。アンソニーには妻子がいたが、メアリーといい関係になる。 現代ではヒースクリフみたいな激情型の人物はお呼びでなくて、破滅するにしてももっと穏やかなのだろう。日本ではバブル期に乱立したゴルフ場が軒並み破綻したけれど、そんな感じで旧来的な田園屋敷も滅んでほしいと思う。あれは封建制の名残りなのでよろしくない。

「女たち」。学生のセシリアには母親がおらず、父親の手によって育てられた。ある日、彼女の前に2人のオールドミスが現れる。無関係なプロットが途中で結びつくのはわりと自然な流れだった。それにしても、時は残酷だとつくづく思う。だって、自分の意思を貫いたかと思ったら、結局はオールドミスになっているのだから。2人の間に何があったのだろう?