海外文学読書録

書評と感想

チャールズ・チャップリン『ライムライト』(1952/米)

★★★

人気芸人だったカルヴェロ(チャールズ・チャップリン)は、今や年老いて落ち目になっていた。そんな彼がテリー(クレア・ブルーム)というバレリーナを自殺未遂から救う。テリーは病気に悲観して人生を諦めていた。カルヴェロはそんな彼女を励まし、テリーは再び舞台に立つことになる。一方、カルヴェロもかつての栄光を取り戻そうとするが……。

芸人とはかくあるべし、という理想論を映画にしたような感じだった。随所に名言が散りばめられていて含蓄がある。一流のコメディアンは知性も一流なのだなと感心した。

どんな芸人にも旬があって、一生売れ続けることはできない。笑いの流行は時代によって変化し、多くの芸人はそれに取り残されてしまう。だから芸人たちはある程度の名声を得たら芸はやらず、バラエティ番組のひな壇に座ったり、ワイドショーの司会をやったりする。そうしないと芸能界で食っていけないから。若い頃の僕は、「芸人だったら芸をやれよ」と憤っていた。しかし今では、浮き沈みの激しい芸能界でそれを求めるのは酷だったと反省している。こうして人は大人になるのだ。

本作はどうしてもカルヴェロとチャップリンを重ねてしまうから、感情移入の度合いもいつもより上がってしまう。自身の芸人人生を総括した私小説みたいな映画だ、と。この時代、映画はサイレントからトーキーに取って代わり、その映画もこれからテレビに食われようとしていた。チャップリンは、メディアの主流が変わっていくのを嫌というほど経験しているわけだ。それゆえ、芸人が一生売れ続けるのは難しいこともよく分かっている。当時はカルヴェロみたいな落ち目の芸人がたくさんいたに違いない。本作のチャップリンはノーメイクの白髪姿でカルヴェロを演じていて、その立ち居振る舞いには哀愁が漂っていた。

ストーリーはいわゆる「再生の物語」である。病気に悲観していたテリーが立ち直り、落ち目だったカルヴェロは一夜限りの輝きを取り戻す。こういうお話って今ではありふれているけれど、まさかこんなモノクロの時代から存在していたとは思わなかった。今も昔も大衆が感動するツボは変わらないということだろうか。本作のカルヴェロは芸に殉じた形になっていて、これこそがチャップリンの考える理想の芸人像なのだろう。ワンクールのレギュラーより一回の伝説。芸人たるもの、舞台を終えて死ねたら本望だ。芸人にとっての幸せが何なのか少し理解できたような気がした。

ところで、本作には名言がたくさん出てくる。個人的に一番好きなのが、「死と同じく生も避けられない」だ。我々は生を避けられないからこそ、懸命に日々を送るべきなのである。僕も歳をとって時間の有限性をひしひしと感じるようになった。刻一刻と死に近づいていることを実感するようになった。死ぬ前に後悔しないよう、存分に生を満喫したいと思う。