海外文学読書録

書評と感想

ベルナルド・ベルトルッチ『暗殺のオペラ』(1970/伊)

暗殺のオペラ (字幕版)

暗殺のオペラ (字幕版)

  • ジュリオ・ブロージ
Amazon

★★★★

北イタリアの小さな町タラ。そこにアトス(ジュリオ・ブロージ)という男が汽車から降り立つ。彼の父はムッソリーニ政権下にこの地でファシストに暗殺されていた。父は英雄として町に記念碑が建てられている。ところが、父の愛人だったドライファ(アリダ・ヴァリ)は英雄の死に不審を抱いていた。アトスは彼女の勧めで、抵抗運動の闘士たちの元を訪れる。

原作はホルヘ・ルイス・ボルヘス「裏切り者と英雄のテーマ」【Amazon】。

よく出来たミステリであると同時に、くすんだ建物と植物の緑が混在した映像美がすごかった。およそテレビ映画とは思えない上質の絵作りである。惜しむらくは、テレビでの放送を前提に制作したせいか、画面がスタンダードサイズなのが残念だった。

ベルトルッチがカメラの水平移動を多用するのは、溝口健二の影響らしい。本作でもこの水平移動が目立っていた。冒頭では、建物をアトスが歩いていく様子を長回しで横スクロールさせている(最後にアトスが父親の記念碑に隠れて見えなくなるところが意味深だ)。父の愛人宅では、部屋から出ようとしてまた戻っていくところをカメラを左右に動かしながら映している。そして終盤では、駅舎の窓を通した覗き見的アングルから、アトスが動き回る様子を水平移動の往復によって捉えている(奥から手前に回り込んでくるアトスの動きが巧妙である)。この3つのシーンはどれもインパクトがあって素晴らしい。どうせならシネマスコープで観たかった。

出てくる建物は総じてボロいのに、カメラを通して出現する映像はやたらと美しいのだから驚く。映像美とは何なのか考えてしまった。カラフルでビビットな建物と、緑が繁茂した田園風景。その組み合わせがいいのかもしれない。登場人物の服装もよく考えられていて、ピンクのストライプシャツやカーキ色のスーツなどを事も無げに着こなしている。日本人だったらまず着ない色だろう。それが背景の緑に彩りを添えていて眼福だった。

本作の面白いところは、戦時中を回想したシーンでも人物が現在と同じく年老いているところだ。通常の映画だったら、若く見せるよう俳優に特殊メイクを施すか、あるいは若い俳優に代えるかするはずである。しかし、本作ではそんな小細工を弄さない。しれっと現在の人物をそのまま過去に登場させている(アトスに至っては一人二役だ)。過去と現在が絵的に曖昧であるがゆえに奇妙な感覚を作り出していて、この反リアリズムっぽい作りが新鮮だった。

ラスト。帰りの電車はいつまで待っても来ないし、線路を見たらいつの間にか草が覆い茂っている。アトスは迷宮に閉じ込められたのだった。彼は町の一部となり、陰謀の共犯者となって幕を閉じる。この終わり方は気が利いていた。