海外文学読書録

書評と感想

アンジェイ・ワイダ『地下水道』(1957/ポーランド)

地下水道 (字幕版)

地下水道 (字幕版)

  • タデウシュ・ヤンツァー
Amazon

★★★★

1944年9月。ワルシャワは爆撃と戦火によって荒廃していた。サドラ中尉(ヴィンチスワフ・グリンスキー)率いるポーランド国内軍の中隊も、ドイツ軍に追い詰められている。生き残った27名は、地下水道を通って本部と合流することに。道案内のデイジーテレサ・イジェフスカ)は負傷したコラブ(タデウシュ・ヤンチャル)に肩を貸して進み……。

ジャンルとしては戦争映画に入るのだろうけど、扱っているのは地下水道での閉塞状況で、その救いのなさが強烈だった。劇中で展開する地獄絵図は、もはやホラー映画の領域に足を踏み入れている。

地下水道では汚水から毒ガスが発生していて、中隊の人たちは酸欠状態。そのうえ、狭い場所に大勢がひしめいている。毒ガス、汚水、密閉空間。見ているだけで気が狂いそうだった。そこから出口を求めて各自がバラバラになって移動するのだけど、どのルートもバッドエンドで気が滅入ってしまう。デイジーとコラブは、川にたどり着いたと思ったら鉄格子がはまっていて外に出れなかった。その生殺しな状況には無力感をおぼえる。また、マンホールから外に出た連中は、待ち受けていたドイツ軍の捕虜になる。希望の光が一瞬で絶望の闇へと暗転するのだった。さらに、ザドラ中尉とその部下は、手榴弾のトラップを解除して無事に脱出するも、些細なことがきっかけで殺人沙汰に及ぶ。生き残ったザドラ中尉はほんのり発狂していて、仲間を探しに地下水道へ戻っていく。その様子に救いのなさを感じた。

デイジーがコラブに肩を貸して地下水道を彷徨うのは迫力があった。地上では綺麗な顔をしていたデイジーが、顔に汗を浮かべ、ギラギラした目つきで前に進んでいる。これは後にハリウッドで一世を風靡する「強い女」(『エイリアン』【Amazon】のシガニー・ウィーバーみたいな)を先取りしているのではなかろうか。金髪美人なだけにギャップがすごかった。

楽家が発狂するシーンも見所で、目の焦点が合ってないところがリアルだった。彼はオカリナを吹きながら、ハーメルンの笛吹き男よろしく歩き去っている。そのままフェードアウトかと思いきや、意外なところで再登場したので驚いた。そこでは発狂した者と発狂しかけの者、双方が交差している。対比効果を狙った絶妙のプロットだった。

地下水道からマンホールに這い上がろうと人々が殺到するシーン。上の人が下の人を蹴倒していて、リアル蜘蛛の糸といった感じだった。仮に地獄があるとしたら、きっとこういう光景なのだろう。