海外文学読書録

書評と感想

アルフレッド・ヒッチコック『逃走迷路』(1942/米)

逃走迷路(字幕版)

逃走迷路(字幕版)

  • ロバート・カミングス
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★★★★

カリフォルニア州の軍需工場で火災が発生。工員のバリー・ケイン(ロバート・カミングス)がサボタージュの疑いをかけられる。官憲に追われることになったケインは、現場で見かけた手がかりを元にフライ(ノーマン・ロイド)という男を探す。その途中で看板モデルのパット(プリシア・レイン)と合流し、2人はニューヨークへ。

いつも通りの巻き込まれ型スリラーで、こういう映画はもう飽き飽きだよと思ったけれど、終盤のシークエンス(映画館から自由の女神像)が良かったので評価が上がった。特に自由の女神像のシーンはどうやって撮ったのか不思議でならない。

無実の罪で指名手配されたケインが、官憲から逃れつつ真犯人を追いかける。その際、出会う人々の善意に助けられるところが好ましい。それは面白半分に助けてくれたトラック運転手(マレイ・アルパー)から始まり、人を信じる盲目の老人(ボウハン・グレイザー)、通りすがりのサーカス団とバラエティに富んでいる。こういうのを見ると、「世間も捨てたもんじゃないなあ」としみじみ思うのだ。だって、大抵の人は相手が指名手配犯だと知ったら疑うことなく悪人だと断定するから。自分の目で判断しようとしない。実際、ヒロインのパットも当初はケインを通報しようとしていた。しかし、後に誤解が解けて彼に味方するようになる。と言ってもまあ、こういうのは大衆の願望に基づいたファンタジーであり、現実のアメリカ社会を反映したわけではないのだろう。ただ、それでも人を信じてくれる者の存在は心強く、世間の包容力みたいなものを感じる。これが日本社会だとまず成立しそうにないからなおさら尊い

敵の組織は地位も財産もあるのになぜ国を裏切るのかと思ったら、「全体主義の国家になったほうが利益になるから」という答えでびっくりした。ドイツに味方すれば権力が得られるのだという。現代に生きる我々は歴史の帰結を知っているから、それは負け馬に賭けているのだと反射的に思ってしまう。世界情勢を読めていないのではと心配になってしまう。でも、当時はドイツに寝返る選択肢もリアリティがあったのかもしれない。何せ、イギリス貴族にもファシスト支持者がいたくらいだから。この辺の説得力はちょっと分からないかな。

ごく普通の工員が困難を乗り越え、国家的陰謀の解決に尽力する。一般人でも英雄になれるという神話はこの頃からあったようだ。アメリカ人の英雄好きにはほとほと感心してしまう。

映画館から自由の女神像のシークエンスはよく出来ていて、終盤にこれがあるおかげで評価が爆上がりした。映画館では現実と虚構が交差し、自由の女神像では緊張感溢れる静的なアクションを披露する。ヒッチコックは得難い監督だと思った。