海外文学読書録

書評と感想

スティーヴン・スピルバーグ『レディ・プレイヤー1』(2018/米)

★★★

2045年オハイオ州コロンバスは格差社会が進行し、スラム街の人たちは「オアシス」というVRゲームで現実逃避をしていた。オアシスの創始者ジェームズ・ハリデー(マーク・ライランス)の遺言により、ゲーム内ではプレイヤーたちが宝探しに熱中している。パーシヴァル(タイ・シェリダン)、アルテミス(オリヴィア・クック)、ヘレン(リナ・ウェイス)らもそれに参加。さらに、大企業IOIも人海戦術を駆使して参入していた。

原作はアーネスト・クライン『ゲームウォーズ』【Amazon】。

冷静に考えると、『たけしの挑戦状』みたいなクソゲーをMMOでやってるような感じだけど、観ている間はCGによる映像美に夢中になっていたので、これはこれで良かったと思う。今の時代、正攻法で攻略しても「捻りがない」と一蹴されるだけだろうし。ただ、観ている分には映像に迫力が感じられたものの、ゲームそのものにはあまり魅力がなくて、自分もプレイしたいとはまったく思わなかった。アバターが死んだらすべてを失ってリセットされるって、近年のローグライクゲームよりもハードだ。現実も苛酷ならゲームも苛酷で、これじゃあ現実逃避にならないのではないか。人々の誘引になるのは、一攫千金の夢のみである。物語はそういった欲望に駆動されているので、あれだけの人々が参加していることについて、一応は納得したのだった。

「現実だけが本当にリアルなもの」というメッセージは正論である。正しすぎて反論の余地がない。僕も息子がネトゲ廃人になったら、そのことを滾々と説き伏せるだろう。しかし、仮にも本作はフィクションだ。そこはもう少し捻りを加えてほしかった。ラストが保守的な親父みたいなメッセージでは何とも締まらないではないか。また、男女の恋愛こそが至上の価値観として推奨されているのも頂けない。本作は非現実的な世界を舞台にしながらも、やっていることは現実世界の規範を再確認しているだけなので、観終わった後は不満が残った。

敵の大企業がゲーム内の利権を獲得するため、現実の主人公たちを襲うのはネットの闇を体現していると思う。ネットでイキっている人は、個人情報がバレるとリアルでお礼参りされる。殴られるだけならまだマシなほうで、下手したらナイフで刺される。数年前、はてな村低能先生によるHagex刺殺事件が起きたことはみなさんご存知だろう。ネットではいくら強くても、生身の人間はどうしようもなく弱い。殴られたら怪我をするし、刺されたら死ぬのである。そういった暴力をVRが流行している世界に持ち込んだのは面白かった。

映像については満足度が高かったけれど、これは僕が普段地味な映画を好んで観ているからそう感じたのかもしれない。本作みたいな映画を日常的に観ていたら、感覚が麻痺して感動も薄れてしまうのではないか。今後はそのことを計算に入れつつ、観る映画を選別したほうが良さそうだと思った。