海外文学読書録

書評と感想

バリー・ジェンキンス『ムーンライト』(2016/米)

★★★★

少年時代のシャロン(アレックス・ヒバート)はいじめられっ子で、ケヴィン(ジェイデン・パイナー)しか友達がいなかった。シャロンはドラッグの売人フアン(マハーシャラ・アリ)に目をかけられる。やがてシャロンは高校生(アシュトン・サンダース)になり、ケヴィン(ジャレル・ジェローム)と海辺でロマンティックな関係になる。そして、大人になったシャロントレヴァンテ・ローズ)は一廉の人物になり、久しぶりにケヴィン(アンドレホランド)と再会するのだった。

社会派っぽいメロドラマだった。ゲイと言ったらハッテン場で誰彼構わずやりまくりというイメージだったけれど、本作では一人の男との奥ゆかしい関係を描いていて、上質の劇映画に仕上がっている。『失われた時を求めて』【Amazon】によると、ゲイは自分と同じゲイをひと目で見抜くらしい。なので、ケヴィンとの馴れ初めも自然に見える。特にケヴィンが海辺でじっくりシャロンの心中を探っていくところがリアルで、この辺は異性愛者と変わらないなと思った。

この映画のすごいところは、僕みたいなホモフォビアでも違和感なく受け入れられるところだろう。ホモフォビアの源泉には、自分がレイプされるかもしれないという恐怖がある。要はケツを掘られたくないってことだ。しかし、本作はそういう生々しさを感じさせないように作ってあって、性的な場面は軽いキスくらいしかない。濃厚な濡れ場は皆無である。こうなるとホモフォビアの入り込む余地もないわけで、本作は万人向けの同性愛映画だと言えよう。

アメリカの黒人社会はマチズモに支配されていて、学生時代のシャロンがそれに翻弄されるところは見ていてかなりきつかった。シャロンは同級生に比べて線が細く、おまけに内向的で気が弱い。暴力を振るわれてもやり返さないため、いじめの格好の的になっている。これは何も黒人社会の特徴ではなく、男の世界は多かれ少なかれこんな感じなのだろう。思えば、自分が子供の頃を振り返ってみても、まあ似たようなものだった。ただ、シャロンの住む地域は治安が悪いため、日本よりもマチズモが先鋭化している。男ならたとえゲイだとしても、「オカマ」と呼ばせてはならない。それが社会の不文律としてあって、だからアメリカのゲイにはガチムチが多いようだ。なるほど、あれはただ肉体美に酔いしれているわけではない。他人に舐められないようにするため、筋肉の鎧を纏って威圧しているのだ。毎度のことながら、男性性が重視される社会は息苦しいと思った。

黒人のゲイは二重の意味でマイノリティだけど、本作は人種差別については棚上げにし、もっぱらゲイの部分に的を絞っている。物語の舞台は黒人社会に終始しており、白人との軋轢は描かれない。しかし、そうすることである種の普遍性を獲得していたので、このやり方は成功しているように見えた。