海外文学読書録

書評と感想

新海誠『言の葉の庭』(2013/日)

★★★

高校生の秋月孝雄(入野自由)は、雨の日は1限をサボって庭園の休憩所で過ごすことにしていた。彼は靴職人を目指してスケッチを描いている。ある日、いつも通り庭園に行くと、スーツを着て缶ビールを飲んでいる謎の女性と出会う。彼女は雪野百香里(花澤香菜)という名前だったが、孝雄がそれを知るのはもっと後になってからだった。

NHKにようこそ!』【Amazon】や『Fate/Zeo』【Amazon】が世間に受けているの見ると、男性おたくには多かれ少なかれメサコンへの憧れがあるのだと思う。「世界を救いたい」はさすがにないにしても、「弱った女性を救いたい」という願望は内に秘めている。ただ、メサコンとは傷ついた異性を助けることで彼女の好意をゲットし、さらに自己有用感も獲得する非常に醜悪な欲望だ。なのでそれを大っぴらにはしづらいところがある。世に溢れる自称メサコンどもはそういったフェイク野郎であり、自身の支配欲を自虐的に表明しているのだ。真のメサコンはおそらく福祉職に潜んでいるのだろう。老人や障害者を救う行為には、やりがい搾取に繋がる大きな快楽がある……。ともあれ、この世にはメサコンを満足させるコンテンツがちらほらあって、本作もその一つなのだった。

本作のポイントは、主人公の孝雄がメサコンじゃないところだ。孝雄は百香里と交流することで、最終的には彼女を救う。傷ついた女性を一人で歩けるようになるまで回復させる。しかし、それは意図して救ったのではなく、知らず知らずのうちに救っていたのだった。孝雄は百香里に泣きながら抱きつかれて感謝されており、これはメサコン男にとっては理想的な展開だと言えよう。面白いのは、孝雄の愛の告白はやんわりと拒絶されているところだ。2人の間にはプラトニックな絆だけが残っている。当然、性行為もない。アニメらしいとても綺麗な関係だが、観客のメサコン男にとっては一線を越えて交わることこそが理想だろう。しかし劇中でそれをやると、自身の欲望を他人に代行されることになり、それはAVを観ているような居心地の悪さを感じてしまう。性行為をしたいのは自分なのに、実際にやっているのは画面に映っているあいつだ、みたいになってしまう。だから孝雄と百香里がプラトニックな関係のまま終わったのは正解で、これでこそメサコン男のお眼鏡に適うシナリオなのだった。

15歳の孝雄にとって、27歳の百香里は色気ムンムンの熟女である。そんな孝雄が百香里の足を採寸するシーンは、本作のハイライトであると同時に、性的興奮を喚起させる絶好のシチュエーションだ。ところが、そこはストイックに採寸に努めていて、ここまで徹底的にセックスを回避するのは逆にすごいことだと思う。美しいものを美しいまま画面に留めておく。アニメらしく脱臭されたその童貞マインドに僕は感動したのだった。

なお、本作には小説版もある。