海外文学読書録

書評と感想

新海誠『秒速5センチメートル』(2007/日)

★★★

東京の小学生・遠野貴樹(水橋研二)と篠原明里(近藤好美)は、お互いに惹かれるところがあっていつも一緒にいた。ところが、中学進学と同時に明里が栃木に引っ越してしまう。しばらく文通を続ける2人だったが、今度は貴樹が鹿児島に引っ越すことに。このままでは二度と会えなくなると思った貴樹は、電車に乗って明里に会いに行く。

まるで90年代のドラマのような古臭さだった。山崎まさよしの曲がしつこいくらい自己主張していて、それがまた90年代テイストに拍車をかけている。中学時代を扱った第1話は、この年齢ではあり得ないくらいのロマンティックな関係をかましていて、観ていて唖然とした。普段はストイックに文通し、再会したときは駅の待合室で一緒に弁当を食べ、最後は綺麗なキスをして別れる。13歳でさすがにそりゃないだろ、とツッコミを入れたくなるほどだ。しかし、これは最終話(第3話)から逆算されて作られているので、多少早熟になるのは仕方がないことだろう。このパートはラストで落とすためのいわば「振り」なので、これくらい非現実的なくらいがちょうどいいと言える。

高校時代を扱った第2話では、視点を変えて貴樹がまだ明里に気があることを示している。その心情をロケットに例えているのはなかなかお洒落だ。貴樹もロケットも、孤独に世界の深淵に向かっている。その視線は遠くを一直線に見つめており、彼の傍らで思いを寄せている同級生なんて眼中にないのだ。高校生といったら他人の好意に敏感になる時期だけど、それをこんな風にすかされたら観ているほうも変に思うだろう。未だに遠く離れた初恋の女を想っているなんて……と白けてしまう。やはり遠くの恋人よりも近くの女友達ではなかろうか。貴樹については、ここら辺から違和感が出てくる。

社会人になった最終話(第3話)では、貴樹と明里にくっきり明暗が分かれている。貴樹は生活に疲れた負け犬になっており、将来に何の展望もない典型的なロスジェネ男と化している。一方、明里は結婚が決まっていて、この世の春を謳歌している。そして、恐ろしいことに貴樹は今も明里に未練があった。一途な思いもここまで来ると鳥肌が立つけれど、それを綺麗な作画で覆い隠しているのだから悪質だと思う。

本作を観て痛感したのは、不景気にあっては男よりも女のほうが人生イージーモードだということだ。男はいくらイケメンでも仕事ができなければ落ちこぼれる。一方、女は若ささえあれば、適切なときに売り抜けて勝ち逃げできる。貴樹が負け組になって明里が勝ち組になったのは、初恋を捨てられたかどうかよりも、男女を分断する社会構造が原因と言えよう。ロスジェネを題材にした本作は、期せずして男女格差の問題を炙り出したのだった。

なお、本作には小説版もある。