海外文学読書録

書評と感想

老舎『猫城記』(1933)

★★★

ロケットが破裂して火星に不時着した「私」。降り立った先は、猫人間が暮らす猫の国だった。「私」は当初、現地人に拘束されるも、脱獄して客人として遇されることに。「私」の庇護者になった大蠍は、迷い葉と呼ばれる国定食物を管理する地主だった。「私」は猫の国の退廃ぶりを見聞する。

文明と民族とは滅亡してもかまわないものだ。われわれ地球上の人類の歴史に記載されていることも、すべてがバラ色だというわけでもないのだ。歴史を読んだために、われわれに、もし涙を流すようなことがありうるのだとすれば、絶滅寸前の文明が眼のまえに展開しているのを見れば、心を痛めずにはおれないではないか!(p.68)

『老舎小説全集』(『猫の国』・日下恒夫訳)【Amazon】で読んだ。引用もそこから。

ガリヴァー旅行記』【Amazon】の中国版みたいな感じだろうか。どちらも旅行記という体裁で、自国を風刺している。本作の場合、猫人間は明らかに中国人だし、猫の国はもろに中国だ。とりわけ、欧米列強に侵略された時代にスポットを当てており、中国人の情けなさをこれでもかと炙り出している。小説としての面白さはさておき、風刺文学としては「阿Q正伝」【Amazon】に匹敵するくらい重要だと思う。

猫の国は皇帝が支配している。猫人間は自分たちの国を最古の国とし、外国から来た便利な物は使うものの、それらから学ぼうとはしない。彼らは外国人を馬鹿にする勇気はない反面、猫人間同士では勇敢に戦う。また、外国から持ち込まれた「迷い葉」が国定食物になっており、これは少量を食べればやる気が起き、食べ過ぎると死に至る覚醒剤のような代物である。おそらくアヘンが元ネタだろう。「迷い葉」を宿らす「迷い木」は地主階級が専有し、外国人を用心棒にして略奪から守っている。自国の兵隊だけに守らせると、クーデターが起きてしまうのだ。猫の国の兵隊は素行が悪く、行進の途中で民草から略奪するのが当たり前になっている。「迷い葉」さえあれば、人殺しなど問題にならない。法律というのは、石の上に刻まれた何行かの文字に過ぎないのだ。こういう生き馬の目を抜く世界観はまさに近代中国で、現代人が読むとぞっとするものがある。

猫の国にも大学があるのだけど、猫人間が大学に入るのは勉強するためではなく、大卒という資格を貰うためである。だから、ここでは入学のときに卒業の資格を与えてしまう。この部分は現代日本に通じるところあって何とも皮肉だ。また、文化も退廃していて、自国の貴重な古美術品は外国に売ってしまうし、図書館は既に本を処分していて蔵書がまったくない。文化的に終わっていることが見て取れる。

中国は王朝時代に何度か易姓革命が起き、その都度国体が変わってきた。中には元や清といった蛮族の王朝もある。しかし、王朝時代の中国は文化が強かったため、蛮族を中国化して何とか存続してきた。ところが、欧米列強による侵略はそれらとは毛並みが異なる。下手したら全土が植民地化され、文化を根こそぎ奪われるくらいの勢いだった。その未曾有の危機が本作の背景にあるため、読んでいて一抹の悲しみを誘う。