海外文学読書録

書評と感想

マーヴィン・ルロイ『心の旅路』(1942/米)

★★★★

1918年。イギリス中部にあるメイブリッジの精神病院に、記憶喪失の兵士スミス(ロナルド・コールマン)が入院していた。休戦の日、彼は病院を抜け出して外に出る。そして、踊り子ポーラ(グリア・ガースン)と出会い、彼女に親切にしてもらうのだった。やがて2人は結婚、田舎の一軒家で一児をもうける。ある日、スミスが仕事でリヴァプールに出ると、道で交通事故に遭って頭を打つ。スミスの記憶はそれで戻るが、今度はポーラとの思い出を忘れてしまった。

原作はジェームズ・ヒルトンの同名小説【Amazon】。

これは面白かった。記憶喪失とラブロマンスの組み合わせなんて今では手垢がつきまくってるのに、それでも本作を見たら「いい話だなあ」と感動している。激しく心を揺さぶるような感動ではなく、物事が収まるべきところに収まったときに生じるしみじみとした感動。この映画を特別にしているのは、ひとえに俳優の力だろう。廃人から英国紳士へと変貌するロナルド・コールマン。そして、軽薄な踊り子からから毅然とした秘書に変貌するグリア・ガースン。思い出を失った前者に対し、後者が側にいながらも節度のある態度を保っていて、その距離感が絶妙だった。こういう物語は、相手に分からせようと強く迫ったら駄目なのだろう。悲しみに暮れながらもひたすら成り行きを見守る。その忍耐が本作を素晴らしいものにしている。

とはいえ、ストーリーはとんでもないご都合主義なので、好き嫌いは相当分かれるような気がする。個人的な話をすると、僕が映画に求めているのはエモーションであり、それを生み出すためならストーリーの整合性はどうでもいいと思っている。ストーリーとはあくまで場面を次に展開する動力にすぎない。だから本作のご都合主義もそんなに気にならなかったけれど、しかし、皆が皆こう割り切って観れるものでもないから難しいところだ。そういうわけで、本作は人を選ぶ映画だと言える。

本作は「鍵」がキーアイテムになっていて、それの使い方が素晴らしかった。ラストでは、スミスが家の扉を開けることで過去を取り戻す。それは閉ざされた心の扉を開けることの象徴なのだった。ただ鍵のかかった扉を開けるだけなのに、これだけのカタルシスが得られるのだから、象徴の力とは強いものだと思う。物事が収まるべきところに収まって感動的だった。

それにしても、ジェームズ・ヒルトンってこういう小説も書いていたのだな。