海外文学読書録

書評と感想

ダーヴィト・ヴネント『帰ってきたヒトラー』(2015/独)

帰ってきたヒトラー(字幕版)

帰ってきたヒトラー(字幕版)

  • オリヴァー・マスッチ
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★★★

死んだはずのアドルフ・ヒトラー(オリヴァー・マスッチ)が、2014年のベルリンで目覚める。彼はテレビ局をクビになったザヴァツキ(ファビアン・ブッシュ)に拾われ、自主動画の撮影のためにドイツ中を回るのだった。動画をヒットさせたザヴァツキは、ゼンゼンブリンク(クリストフ・マリア・ヘルプスト)と交渉してテレビ局に復職、ベリーニ女史(カッチャ・リーマン)の計らいにより、ヒトラーをバラエティ番組に出演させることになる。

原作はティムール・ヴェルメシュの同名小説

原作はヒトラーの一人称視点なので、どうしても世界を内側から見るような感じだったけれど、映画はモノローグを交えつつも外側からヒトラーを捉えていて、メディアの特性がよく表れていた。相変わらず、ドイツの政治ネタがピンと来ない。しかし映像があるぶん、映画のほうがまだ分かりやすくなっている。

テレビが本作のキーになっていて、初めて薄型テレビを見たヒトラーは、技術の進歩に驚くと同時に、「プロパガンダに最適だ」と述べている。ネットの普及によってテレビは衰退したものの、今でもメディアの王様であることに変わりはない。ネットの人たちはテレビをネタにピーチクパーチク囀ってるし、一方でテレビはそんなネットの声を拾って番組を作っている。テレビのコンテンツ制作能力は未だ群を抜いており、それがネットと相互補完関係になることで、何とか命脈を保っているのだ。そして、ヒトラーのような特異な人間は、そんなテレビ業界と相性が抜群である。彼は持ち前の演説を駆使してお茶の間の人気者になり、野望への足がかりを作ることになる。ヒトラーみたいに一芸に秀でていると、テレビで一発当てられる。テレビで一発当てると、政治や実業など様々な可能性が開かれる。自分の特技が社会的成功に結びつく。この構造がテレビの本質を見事に突いていると思う。

ヒトラーのすごいところは、話を聞いてもらうためなら進んで道化もやるところだ。話を聞いてもらえなければ人の心も掴めない。彼はそのことをよく理解しており、覚悟を持ってテレビに出演している。これって世のタレントもだいたいそうで、特に異業種から政治家に転身しようと思ってる人は積極的だと思う。日本でもあの弁護士とかあの会社社長とか、選挙前によくテレビに出ていた。人生ここぞというときに道化になれるかどうかが、成功の分かれ道なのだろう。ヒトラーが総統にまで上り詰めたのも偶然ではなかったと言える。

2014年になってもドイツ国民は政治に不信を抱いており、ヒトラーはその声に耳を傾けている。一番の不満は移民問題で、社会がこれに揺れているからこそ、本作は刺さるのだろう。現代の移民問題は、かつてのユダヤ人問題とパラレルなのだ。大昔の問題が形を変えて現代にも残っている。この視点は原作にはないもので、映画によってクリアにされていた。