海外文学読書録

書評と感想

ポール・オースター『サンセット・パーク』(2010)

★★★

名門大学を中退したマイルズ・ヘラーは、フロリダで残存物撤去(トラッシュ・アウト)の仕事をしていた。そんな彼が未成年の少女と恋仲になる。ところが、マイルズは少女の親族に脅され、少女が18歳になるまでの半年間、フロリダから離れることに。親友ビングの誘いもあって、ブルックリンのサンセット・パークにある空き家で男女4人の共同生活をする。

マイルズは戦争に行ってきたのだ。すべての兵士は帰還したときには老人になっている。携わってきた戦闘を決して語らない、閉ざされた人間になっている。マイルズ・ヘラーはどの戦争に行ったのだろう。どんな戦場を見たのか、どのくらい行っていたのか。知りようはないが、彼が傷ついていること、決して癒えない内なる傷を負っていることは間違いない。(p.208)

それぞれ事情を抱えた男女の群像劇みたいな構成だが、その中心にいるのはトラウマを抱えたマイルズ・ヘラーで、両親との微妙な関係が本作の主軸になっている。マイルズは子供の頃、義理の兄を突き飛ばして車に轢かせて死なせており、それが大人になってからも尾を引いていた。罪悪感ゆえに両親から距離を置き、大学を中退後はすっかり疎遠になっている。面白いのはマイルズの父が息子を放置せず、こっそりあることをしていたところで、そういう裏の事情を視点を変えて見せていく構成が面白く、人間模様を描きながらも一人の人物にクローズアップする部分に惹かれるものがあった。みんなそれぞれ物語を持っていて、それぞれの立場からマイルズと関わっている。焦点になる人物が多いので普通の作家だったら大長編になりそうだが、そこをコンパクトにまとめているところが好感触だった。

男女4人が空き家に不法入居してシェアハウスみたいな生活を送るという設定だから、僕はサークルクラッシュが起きるのを期待していた。痴情のもつれから人間関係が破綻し、見るも無惨な地獄絵図が出現するのだろうと思っていた。ところが、案に相違して何も起きず、それどころか共同生活にはあまり触れないまま幕を閉じている。前述の通り、本作はマイルズと両親の関係が主軸になっているため、この展開は予想外だった。シェアハウスの醍醐味はサークルクラッシュと言っても過言ではないので、これには期待を裏切られた*1

本作では映画『我等の生涯の最良の年』が重要なモチーフになっている。僕は未見なので詳細は分からないが*2、どうやら復員兵の物語らしい。それが本作の登場人物に重ね合わされている。さらに、本作では序盤に出てきた野球と映画の話題が、モリス・ヘラー(マイルズの父親)の章で変奏されている。このように小ネタと思わせたものを物語にしっかり組み込んでいくところが、現代作家の抜け目ないところだろう。そもそもマイルズがシェアハウスに入っていく導入部、すなわち話の転がし方からして並ではなく、現代文学はとにかく技巧的なのだと感心する。

*1:シェアハウスの住人の一人が、「書物や映画に描かれた、男女の関係と葛藤の分析」を博士論文のテーマにしていたので、そういう連想が働いたことも否めない。

*2:追記。これを書いた一週間後に観た。