海外文学読書録

書評と感想

クラレンス・ブラウン『愛の調べ』(1947/米)

★★★

天才ピアニストのクララ・ヴィーク(キャサリン・ヘプバーン)が、父の反対を押し切ってロベルト・シューマン(ポール・ヘンリード)と結婚する。10年後、シューマン夫妻には7人の子供が出来ており、家事と育児に大わらわになっていた。そんななか、20歳のヨハネス・ブラームスロバート・ウォーカー)が弟子になりたいと言って訪ねてくる。ブラームスはクララに一目惚れしていた。

シューマン夫妻の伝記映画。ピアノの演奏はアルトゥール・ルービンシュタインの音源を使っているようで、やたらと上手かった。音楽パートは芸術的と言っていいくらい素晴らしく、また役者も指が回っていて見応えがある。

ドラマパートにいまいち乗れなかったのは、作劇や美術がいかにもハリウッドらしかったからだ。役者がアメリカ人で、登場人物が英語を話すのは仕方がないにしても、シューマン家でのエピソードがどれもアメリカっぽいのが気になる。たとえば、鶏を殺そうとするシーンとか、ホームパーティーで盛り上がるシーンとか。ユーモアの質がアメリカっぽいし、家屋の雰囲気もいまいちヨーロッパ感が薄い。観ていてアメリカの郊外ではないかと錯覚したほどだ。これが80年代の『アマデウス』【Amazon】になると違和感がなくなっているので、名作も時代の制約には逆らえないことが分かる。こういうのは観るほうが周波数を合わせるしかないわけで、クラシック映画を楽しむのもなかなか難しい。

クララもロベルトも天才的な音楽家なのに、よく円満な夫婦生活を送れたと思う。僕だったら配偶者に嫉妬して関係がこじれただろう。僕は自分がナンバーワンというタイプなので、身近な人間の成功を素直に喜べない。シューマン夫妻の場合、クララが一歩引いてロベルトをサポートしているけれど、こういうことよくできるなあと感心する。いくら愛情があったとしても、他人の引き立て役になるなんてとてもじゃないが無理だ。誰よりも上に立ちたい僕にとっては我慢ならない立場である。

「人は束の間の人気にお金を払うの」というクララのセリフは含蓄がある。タレントと大衆の関係がまさにそれだ。これはネット時代になってからさらに加速していて、一般人も人気者になろうと躍起になっている。誰も彼もがアルファブロガーやカリスマYouTuberといったインフルエンサーを目指している。すべては金のため。人気者になれば金がガッポガッポ入ってくる。人間社会の本質を突いたセリフではないか。

ところで、序盤でウエディングドレス姿のクララがロベルトに日記を渡していたけれど、これが何かの伏線になるのかと思っていたら、特に何もなくて拍子抜けした。意図がよく分からない思わせぶりなシーンだった。逆に、占いのシーンではブラームスが王冠、ロベルトが棺を出していて、これは後の展開を暗示していた。