海外文学読書録

書評と感想

レジス・ロワンサル『タイピスト!』(2012/仏)

★★★

1958年のフランス。父の経営する雑貨店で働くローズ・パンフィル(デボラ・フランソワ)が、田舎のしがらみから抜け出そうと保険代理店の秘書に応募する。そこの経営者はルイ・エシャール(ロマン・デュリス)という独身男。ローズは面接で得意のタイプ打ちを披露して採用が決まるものの、秘書としては無能で失敗を繰り返す。そこでルイからタイプライターの早打ち大会に出るよう命じられる。

古き良きフランス映画を現代に蘇らせたような感じでなかなか良かった。ちょうどマリリン・モンローオードリー・ヘップバーンが活躍した時代。小道具だったり劇伴だったりが古くて、21世紀の映画なのにレトロな雰囲気が味わえる。物語もまあ古典的で、タイプライターの早打ち大会という要素は目新しいものの、男女のロマンスはクリシェに溢れている。むしろ、工夫がなくて物足りないくらいだ。古典的な映画をカラーで観ているような趣があって、こういうリメイクみたいな試みも悪くないと思った。

タイプライターの早打ちがまるでスポーツで、ローズとルイが選手とトレーナーの関係になっているのが面白かった。十本指打法をマスターしたり、ランニングをしたり、ちゃんと訓練シーンもある。信じられないことに、当初ローズは自己流の一本指打法でタイプしていたのだ。この辺はパソコン初心者のおじさんを見ているようである。私事で恐縮だけど、僕もキーボードのタイピングは自己流で、マニュアルにあるホームポジションを守ってない。しかしそれでも、ブラインドタッチはできるし、タイピングも早いほうだ。これらはすべてチャットで鍛えた。インターネットを始めた学生時代、とあるチャットに入り浸ってカタカタ打ちまくっていた。さすがに一本指打法は論外だけど、仕事や趣味で使うぶんには自己流で事足りると思う。

早打ち大会で優勝しても実生活においては何の意味もないのだけど、それはほとんどのスポーツに言えることだろう。優勝という名誉は何ものにも代え難い。よく言われる通り、金メダルの名誉は金では買えないのだ。こればっかりは修練を積んで競争を勝ち抜くしかない。そして、勝負の世界においては、優勝と準優勝は天地ほどの差がある。金メダル以外に価値はない。2位じゃ駄目なのである。この論理がタイプライターの早打ち大会というニッチな分野にも適用されていて、そのガチなところが可笑しかった。また、地方大会→全国大会→世界大会とステージがあがっていくところも、どこか茶番めいた面白さがある。

欲を言えば、男女のロマンスにもう少し工夫が欲しかったかな。危機の作り方に捻りがなくて物足りなかった。