海外文学読書録

書評と感想

キャスリン・ビグロー『ゼロ・ダーク・サーティ』(2012/米)

★★★★

CIA分析官のマヤ(ジェシカ・チャステイン)がパキスタン支局に配属される。同僚のダン(ジェイソン・クラーク)が9.11で資金調達していた男を拷問し、ビン・ラディンの連絡係の名前を掴んだ。しかし、支局長(カイル・チャンドラー)が乗り気でないため、諜報活動は難航する。やがてアフガニスタンのチャップマン基地で自爆テロが発生。CIA局員7人が死亡する。マヤは復讐に燃えるのだった。

これはCIAによる「狩り」を描いた映画なのだと思った。9.11の報復としての狩り。現代の戦争はほとんどが非対称で、アメリカとアルカイダの戦いも同様だ。国家は武装組織と戦い、正規軍兵士は民兵と戦う。当然のことながら、両者の戦力には圧倒的に開きがある。なので、戦力が劣る側はテロで対抗するしかない。2000年代は世界各地でイスラム系によるテロが起きていたけれど、日本に住む僕にとっては対岸の火事だった。中東で日本人ジャーナリストが首を斬られたときでさえも、ここにいる自分とは関係ないと思っていた。アルカイダの残虐な仕打ちに憤りをおぼえる反面、アメリカの非道さにも問題があると感じていて、どちらにも肩入れすることができなかった。これは正義と悪の戦いでもなければ、正義と別の正義の戦いでもない。復讐の泥沼に陥ったノーガードファイトなのだ。本作ではその戦いをアメリカの視点から描いているのだけど、非対称戦ならではの暗部もきっちり抑えていて、ハリウッドらしからぬバランス感覚に優れた映画だと思う。何より現代のエスピオナージを題材にしたエンターテイメントして面白い。CIAによる狩りを追体験させるところが良かった。

本作で特筆すべきは、主人公のマヤを感情移入できない人物として描いているところだ。序盤では同僚によるイスラム系の拷問に一枚噛んでいるし、途中からは復讐心に燃えてビン・ラディンを殺すことにすべてを捧げている。劇中でマヤの私生活にまったく触れてないのはおそらく意図的だろう。彼女には夫がいるのか、それどころか友人がいるのかも分からない。マヤはビン・ラディンを追い詰めることしか頭にない、いわば物語を動かす機械人形として描かれている。ビン・ラディンに対する飽くなき憎悪は観ているこちらもどん引きするほどで、これは典型的なアメリカ人を象徴しているのだろう。だから、アメリカ人の観客はマヤに感情移入した(と思われる)けれど、日本人の僕はさっぱり感情移入できない。そういうギャップが生じている。

この映画だと一人の女の執念によってビン・ラディンを追い詰めたように見えて、そこが玉に瑕である。実際はもっと複雑な動きがあったことだろう。ただ、話を分かりやすくするにはこうするしかなかったわけで、映画を作るのは難しいと思った。