海外文学読書録

書評と感想

ピョン・ヘヨン『モンスーン』(2011,2014)

モンスーン (エクス・リブリス)

モンスーン (エクス・リブリス)

 

★★★★

日本オリジナル編集の短編集。「モンスーン」、「観光バスに乗られますか?」、「ウサギの墓」、「散策」、「同一の昼食」、「クリーム色のソファの部屋」、「カンヅメ工場」、「夜の求愛」、「少年易老」の9編。

テオはいますこしその時を引き延ばすつもりであとずさる。団地がふたたび暗くなった。しばし眺めてやる。ためらうように灯りがともる。また灯りが消え、そして点く。予告された時間が過ぎたあとも何度かそんなことが繰り返された。(p.29)

「モンスーン」と「少年易老」以外の7編は、同じ短編集から収録したとのこと。

以下、各短編について。

「モンスーン」。団地に住む夫婦テオとユジンは、子供を亡くしたことがきっかけで仲が冷え切っていた。夫のテオは妻のユジンに疑惑の目を向けている。工事による停電が予定された夜、テオは外出先でユジンの上司である館長に出会い……。夫婦の噛み合わない歯車がふとしたきっかけで回復に向かう、その切り替わる瞬間を捉えているところが良かった。テオが館長とのやりとりの後に気づきを得るというわけ。ラストで団地の灯りが明滅するけれど、これはテオの心境を表しているのだろう。しみじみとした味わいだった。

「観光バスに乗られますか?」。男2人がコンテナから袋を持ち出して運搬する。袋の中身は知らされてないし、重量もけっこうある。運んでいくうちに変な臭いがしてきた。本作の面白いところは、状況がよく分からないところだ。2人が運んでるブツは合法なのか違法なのか分からない。そして、話が進んでいくうちに、どうやら2人には上司がいることが分かる。普段は金属関係の仕事をしてるらしい。いずれにせよ、最後まで袋の中身は謎のままである。2人の軽妙な会話が、奇妙な状況を彩っていて良かった。

「ウサギの墓」。男が6ヶ月限定の派遣社員として都市にやってくる。彼は公園に捨てられていたウサギを拾って家で飼う。男は職場で書類作成の仕事をする。これは都市を描いた小説なのだと思った。その都市は匿名性が高い。日々のつまらないルーティンはどこか官僚的である。そして、プライベートでは誰とも話さないくらい孤独だ。仕事のためにやってきて、期間が過ぎたら去っていく。本作はカフカを彷彿とさせる小説だった。

「散策」。男が夢でイノシシの鳴き声を聞いて目が覚める。妻は妊娠していて出産を間近に控えている。男は支社に転勤になる。新しい住居の通り道には犬がいて、妻はそれを嫌がっている。男の抱えている鬱屈がイノシシとして形象化され、それが終盤の森の散策で解消される。よく分からないけど、たぶんそういう話だろう。男は森に入ることによって、逆説的に都市を知ることになる。本作も「ウサギの墓」と同様、都市を描いた小説と言えそう。

「同一の昼食」。大学で資料の複写・製本の仕事をしている男は、食堂でいつも同じ昼食を摂っていた。常に変わることのない規則的な毎日。ところが、男はある日駅のホームで投身自殺を目撃する。ルーティンのように繰り返される日常に、ふとイレギュラーな出来事が割り込んでくる。ここから変化が始まるのかと思いきや、すぐさま同じ日常に回帰する。我々の人生って多かれ少なかれこんな感じではなかろうか。だから、クリスマスやハロウィンみたいなイベントが持て囃されるわけ。一時の現実逃避。でも、僕はルーティンのような毎日も悪くないと思う。とどのつまり、それは平和を意味するから。

「クリーム色のソファの部屋」。ジンと妻のソは赤ん坊を乗せて車で移動していたが、途中でワイパーが壊れてしまう。近くのガソリンスタンドで若者に修理してもらうも、金をぼったくられる。ジンは地方の支社からソウルの本社に栄転してきたところで……。欧米にせよアジアにせよ、外国にはこういう修羅の地域があって、常にDQNに警戒しないといけない。韓国ってわりと日本に近いイメージだったけれど、治安は思った以上に悪そう。一瞬の暴力によってすべてが閉ざされる。

「カンヅメ工場」。カンヅメ工場の工場長が行方不明になった。工場長は独身寮に住み、妻と娘は外国で暮らしている。工場ではプライベートで従業員が好きなものをカンヅメに詰めていた。「同一の昼食」と同様、本作でも同じ日常の繰り返しというモチーフが出てくる。従業員によると、工場勤めの面白さは、体が機械の一部になっていくところにあるという。ちょっと僕には分からない世界ですね。ところで、日本にはおもちゃのカンヅメというのがあって、あれは相当にわくわくを感じさせる代物だった。カンヅメは開けてみるまで何が入ってる分からない。まさにシュレディンガーのカンヅメ。

「夜の求愛」。キムがかつての同僚である「友人」から電話を受ける。友人によると、キムが昔お世話になった「あの方」が死にそうだという。キムは花環の代金を出すことに。そして、葬儀場に向かう。何とも奇妙なのがキムと友人の関係で、2人は本当に友人関係なのか疑ってしまう。あらゆるエピソードがただの元同僚に過ぎないことを指し示しているのだ。まあ、この辺は日本と韓国の違いかも。ともあれ、自分の「生」を猛烈に意識するのが他人の「死」に直面したときで、だから新聞の訃報記事は必要なのだと思う。だって身内の死はつらいけど、親しくない人間の死はつらくないから。軽い「死」を読むことで、自分が生きていることを確認する。

「少年易老」。ユジュンの父は病気で死にかけていた。級友のソジンはユジュンの家に遊びに行き、しばしば寝泊まりする。ユジュンの母はソジンに対して冷たい。ソジンはこの家に潜む秘密に惹かれていて……。ユジュン一家が不気味でどこかホラー小説っぽい雰囲気がある。父も母もユジュンも、それぞれ得体のしれない人物像なのだ。心を許すことができないというか。僕だったらまずこの家には遊びに行かない。