海外文学読書録

書評と感想

土井裕泰『映画 ビリギャル』(2015/日)

名古屋のお嬢様学校に入学した工藤さやか(有村架純)は、勉強を一切せず、友達と遊び呆けて高校2年の夏を迎えた。彼女はタバコの所持がバレて無期停学になる。この時点で偏差値は30、学年ビリの成績だった。さやかは個別指導の塾に入り、講師・坪田(伊藤淳史)の指導のもと、一般入試で慶應義塾大学を目指すことになる。

不良の更生物語と同種の茶番劇だった。ストーリーも映像もしょぼくてどうにも我慢できなかったけれど、主演の有村架純が可愛かったので最後まで見れた。

全体的に危機の作り方があざといと思う。家庭ではDV親父が長男に対して野球のスパルタ教育を施し、娘2人のことは放置している。学校では教師が生徒を抑圧していて、さやかのやる気を削ぐような言動をとっている。そして、受験のときは事前にコーヒーを飲んだせいで腹を壊し、本来の力が発揮できなかったという始末。ただ勉強してるだけじゃドラマにならないので、こういうアクセントをつけたのだろうけど、どれも安直で胸焼けしそうになった。

本作を観て確信したのは、努力をするには環境が重要だということだ。塾講師の坪田がすごく有能なモチベーターで、褒めて褒めて褒めまくる指導法は得がたいものがある。そして、個別指導だから勉強の教え方もきめ細かい。ビリギャルの成績がぐんぐん伸びていく。学校教育の駄目なところは、異なる学力の持ち主を一斉に同じ方法で教えるからで、だから落ちこぼれが出てくる。さやかは塾で勉強して学校で寝る生活を送り、それで慶応大学に合格するのだけど、これは学校教育の敗北を意味していると言えるだろう。だって学校の授業は無意味だってことなのだから。難関大学に受かりたいなら、学校をさぼってでも塾に通う。それが効率的だと証明している。

そして、塾に通うには金が必要だ。その費用は全額母親がパートで賄っている。しかも、途中からは週6で塾に通うようになり、多額の月謝が必要になるのだけど、そのハードルも母親の負担で乗り越えている。さやかは経済面でも努力する環境をお膳立てしてもらっていて、つくづく幸せな娘である。そもそも、彼女は中学から私立のお嬢様学校に入ってるので、実家が太いのだ。結局、恵まれた環境の娘が勝手に落ちこぼれて勝手に遅れを取り戻しているだけ。どうしてもさめた目で見てしまう。

「目標を下げたらどんどん低いところへ流れていくよ」という坪田のセリフは名言だった。これは受験に限らず、人生における普遍的な現象だと思う。肝に銘じておきたい。