海外文学読書録

書評と感想

エルンスト・ルビッチ『ニノチカ』(1939/米)

★★★

ソ連からパリに派遣されたニノチカグレタ・ガルボ)は、ロシア革命で貴族から没収した宝石を売却する役割を担っていた。その宝石はロシア大公妃(アイナ・クレア)のものであり、彼女にはレオン伯爵(メルヴィン・ダグラス)という愛人がいる。あるとき、ニノチカとレオンが出会ってロマンスにまで発展する。

ソ連を風刺した映画で、おそらく歴史的価値は高いのだろう。作られたのが第二次世界大戦の前だし。劇中にはナチス・ドイツもちらっと出てくる。社会主義国家が人民を抑圧していること、また個人崇拝を強制していることは、当時から認識されていたようだ。そんなわけで、本作は歴史的興味で観るのだったら悪くない。ただ、映画としては思ったほど面白味がなくて微妙だった。

序盤のニノチカがまるでロボットみたいな鉄面皮で、資本主義の文化を辛辣な眼差しで見ている。「人民のため」「ロシアのため」みたいなお題目を本気で信じており、周囲の人間には融通の効かない態度をとっている。彼女は何をしても表情が険しく、一見するとまるで女看守のようである。

と、こういう教条的な人物像がなかなか徹底していたので、レオンがこけたのを見て笑ったのは相当な意外性があった。お前にもユーモアセンスがあったのかよ、みたいな。そして、これを機にニノチカはロボットから人間へと変貌を遂げる。それまでは「愛」ですら分析の対象にする唐変木だったのが、人が変わったかのように自然な感情に身を任せるようになる。このギャップには目をみはったけれど、しかしどちらが本当のニノチカだったのかよく分からない。本当は人間でわざとロボットを演じていたのか。それとも、ロボットだったのが人間へと脱皮したのか。いずれにせよ、人間になってからのニノチカは凡庸であまり興味が持てなかった。

あることがきっかけでニノチカソ連に帰国し、メーデーの行進に参加するのだけど、このときの映像がスターリンへの個人崇拝に満ちていて、やはり社会主義国家はろくでもないと思った。本作が資本主義を称揚する立場にあるのを差し引いたとしても、その酷さは明白である。だいたい絹の靴下を履いただけで反革命になるとか頭がおかしい。みんなで貧しく暮らそう、みたいな思想はよくないと思う。

ところで、昔の映画を観ると、パリへの憧れみたいな価値観が散見される。そんなに昔のパリってすごかったのだろうか。いまいち実感が湧かなくて困っている。