海外文学読書録

書評と感想

トム・フォード『ノクターナル・アニマルズ』(2016/米)

★★★★

アートディレクターのスーザン(エイミー・アダムス)は、仕事も夫婦関係も下り坂にあった。そんななか、20年前に別れた元夫エドワード(ジェイク・ギレンホール)から小説が送られてくる。それは「夜の獣たち」というタイトルで、スーザンに着想を得たのだという。スーザンはエドワードの才能に見切りをつけて彼を捨てていた。小説には妻と娘をならず者に殺された男(ジェイク・ギレンホール)と、彼を助ける刑事(マイケル・シャノン)の物語が書かれており……。

この映画は、現在と過去、そして小説世界の3つの物語が混在しているけれど、特に分かりづらいところもなくスムーズに観ることができた。

アメリカには「広さ」の恐怖があると思った。つまり、町と町との間には荒野以外に何もない。人も家もない。ここで置き去りにされたら野垂れ死には確実という恐怖がある。くわえて、荒野なので治安も行き届いてない。もし不逞の輩に絡まれたら為す術もなく被害に遭うだろう。最悪、殺されてそこらに死体を遺棄される。こういう恐怖って、狭い国土に住んでいるとまず感じることはない。道路沿いにはだいたい民家があるし、夜は夜で自動販売機の光が煌々と輝いている。幻想ではあるにせよ、一定の安全を感じることができる。そもそも日本に荒野なんてなかった。あるのは山と谷くらいだろう。アメリカ映画を観ていると、しばしばその「広さ」に恐怖してしまう。

本作を強引に要約すると「才能」の話になるのだけど、これは現実においても扱いの難しい要素だ。スーザンは自分に才能がないことを早いうちから認め、芸術家になるのを諦めた。それは彼女が皮肉な見方をしているからだという。一方、彼女と交際していたエドワードは自分の才能を信じていて、芸術には衝動が必要だと述べている。芸術の仕事とは好きだからやるのではなく、衝動を感じるからやるのだ。これはまったくもってその通りだと思う。問題は自分に才能があるかどうかなのだけど、スーザンはエドワードの才能を信じることができなかった。彼には才能がないと見切りをつけ、早々と捨ててしまった。この事実がドラマの原動力になっていて、業の深い内容になっている。

結局、エドワードはスーザンに自作を認めさせるくらいまで才能が開花したけれど、そうなるまでに20年もかかっているわけだ。20歳に出会ったとして、現在40歳である。40歳で作家デビューはかなり遅い。エドワードは自分に見切りをつけたスーザンに対し、自分の才能を見せつけることでリベンジを果たした。彼女の心を動かした。それはそれでけっこうなことである。しかし、ものになるまで20年もかかったわけで、僕がスーザンの立場だったら捨てて正解だったと思う。だって普通はそんなに待てないでしょ。いつまでも貧乏暮らしは嫌だし。

ともあれ、エドワードみたいに自分自身を信じる力があるのはいいことだ。彼はデビューするまで20年も信じたわけだからね。それと、過去の恨みを創作に転嫁するところも作家らしくて好ましい。本作はすべてのワナビー必見の映画ではなかろうか。