海外文学読書録

書評と感想

雷鈞『黄』(2015)

★★

中国の孤児院で育った阿大(ベンジャミン)は、同い年の茉莉(ジャスミン)と共にドイツ人夫婦に引き取られて成人になっていた。阿大は生まれつき盲目ではあるものの、聴覚・嗅覚・触覚などが発達しており、推理力にも長けている。ある日、中国で6歳の少年の目がくり抜かれる事件が発生した。阿大はインターポール捜査員の温幼蝶と共に現場へ行く。

古く東方に龍がいた

その名前を中国という

古く東方の人々は

彼らはすべて龍の末裔(p.131)

ドルリー・レーンの系譜に連なる障害者探偵もの。現代のミステリらしく、語り手が盲目であることを利用したサプライズが用意されている。また、冒頭で叙述トリックが含まれていることを宣言している。

目をくり抜いた事件はフーダニットになっているけれど、もっとも気になるのがその動機で、犯人はなぜ少年を殺害せずに目だけくり抜いたのか? と興味をそそるようになっている。木の枝でくり抜いたから角膜目的ではない。サイコパスによる愉快犯だったら読者が納得しない。この部分の阿大の推理には一定の意外性があって、デビュー作ならこれでもありかなと思えた。安直ではあるものの、一応過去の事件との辻褄を合わせている。机上の空論としてなら許せないこともない。

しかし、本作の肝はそんなところにはなく、話がアイデンティティ問題にすり替わるところにある。この部分は語り手が盲目であることを利用した仕掛けがあって、もちろん伏線も張ってある。タイトルからして大きな意味を持っていたのだ。ただ、語り手がこの歳になるまで真相に気づかなかったのには無理があって、いくら盲人でも察するだろうとは思った。だって明らかに浮いてるから。周囲が放っておかないだろう。それに、彼らのやっていたことが探偵ごっこにすぎなかったというのも拍子抜けで、もっと真剣にフーダニットをやれよと思った。本作が王道か邪道かと言われれば後者だろう。ロジックよりもサプライズを重視するところは最近のミステリらしいと言える。

過去の章と現在の章が交互に展開する構成はよくできていて、前章の最後と次章の冒頭が対応関係にあるところ、すなわち、バトンを渡すようにリレーしていくところは巧妙だった。手放しで褒められるのはここくらい。読んでいる最中は、この構成にトリックが仕込まれているのだろうと疑っていた。

ところで、今年に入って新刊ミステリを何冊か読んだけれど、ほとんどがハズレだったので、もう現代ミステリは好みに合わなくなったのかもしれない。かつてのミステリファンとしてはちょっと寂しくなった。これからはクラシックミステリだけ読んでいこう……。