海外文学読書録

書評と感想

レイ・エンライト『スポイラース』(1942/米)

★★

1900年のアラスカ。ここでは今ゴールドラッシュに沸いており、鉱山権利書の強奪が横行していた。酒場女チェリー(マレーネ・ディートリッヒ)が住む港町は、鉱山監督官マクナマラランドルフ・スコット)が支配している。そこへチェリーの愛する鉱山主ロイ(ジョン・ウェイン)が、ヘレンという女(マーガレット・リンゼイ)を連れて帰ってきた。マクナマラは裁判官と結託してロイから鉱山を奪おうとする。

アラスカを舞台にした西部劇は初めて観た。いつもの渇いた風景ではなく、雪解けのちょっと湿った風景になっている。

当初は恋の鞘当てみたいな興味で引っ張っていて、ロイはチェリーとヘレンのどちらとくっつくのか、マクナマラはチェリーを口説き落とせるのか、みたいなプロットが進行している。といっても、ハリウッドのスターシステムのもとで作られているから、ジョン・ウェイン演じるロイと、マレーネ・ディートリッヒ演じるチェリーがくっつくのは始めから決まっているわけ。ただ、そういう見通しがありながらも、前述の人間関係が鉱山の所有権争いに深く関わっているから、まったく無駄にはなってない。それなりに興味を持って観ることができた。

それにしても、紙切れ一枚で鉱山の所有権が決定するのは杜撰なシステムだと思った。権利書が盗まれたら、所有権が盗んだ人間に移ってしまう。思えば、奴隷制の時代も、自由黒人が自分の立場を証明する証書を発行してもらって、それが身分を正当化する唯一の拠り所になっていた。この時代を題材にした小説『地図になかった世界』では、自由黒人が証書を奪われて奴隷商人に売られるエピソードが描かれている。おそらくこういう出来事は実際にあったのだろう。権利を証明するものが紙切れ一枚でしかないのは怖すぎると思った。

序盤で「ここにも法と秩序が必要」というテーゼが示されたから、ロイが合法的な手段で窮地を脱するのだろうと思っていた。ところが、そんなことは全然なくて、銀行強盗をして金庫を奪ったり、鉱山に集団で押しかけて力づくで所有権を取り戻したりしている。法と秩序を思いっきり破っている。正直、これには苦笑するしかなかった。悪に対抗するには、こちらもそれなりの手段で応じるべきということだろうか。ちょっとよく分からない。

本作における最大の見せ場は、ロイとマクナマラの殴り合いである。早撃ちを要求するロイに対し、マクナマラは「銃を持ってない」と返事したからこうなった。2人の殴り合いも、律儀にただの殴り合いなのが微笑ましい。関節を極めにいったり、マウントポジションを取りにいったりしない。相手が倒れたときなんか、踵で踏みつけにせず、しっかり起こしてからまた殴っている。この様式美には思わずにっこりした。

ところで、マレーネ・ディートリッヒがスカートをめくって脚を見せるのは、そういうニーズでもあるのだろうか。『砂塵』でも脚を見せていた。