海外文学読書録

書評と感想

J・リー・トンプソン『恐怖の岬』(1962/米)

★★★★★

弁護士のサム(グレゴリー・ペック)は妻子と共に幸せな生活を送っていた。ところが、そこに刑務所から出てきた犯罪者マックス(ロバート・ミッチャム)が現れる。マックスはサムの証言によって有罪になり、8年間服役するはめになった。サムにつきまとうマックス。危険を感じたサムは、警察署の署長に頼んでマックスを排除しようとする。

原作はジョン・D・マクドナルド『ケープ・フィアー―恐怖の岬』【Amazon】。

ヒッチコック風のサスペンス映画だけど、本家に匹敵するくらいの傑作だった。率直に言って、『めまい』【Amazon】や『サイコ』【Amazon】よりもよっぽどサスペンスしてるのでは? このジャンルで重要なのは緊張感だけど、本作はそれが最初から最後まで持続している。張り詰めた糸が切れることがない。また、物語が流れるように進んでいくのも特徴的で、観る者を飽きさせずにぐいぐい引き込んでいく。その手腕は並大抵のものではなかった。とにかく、パナマ帽を被ったロバート・ミッチャムが画面に現れるだけで不穏な空気が漂う。彼の睨めつけるような視線がたまらなく恐ろしいのだ。こんな男と神経戦をやるはめになった弁護士一家は不幸すぎると思った。

マックスの厄介なところは金に困っていないところだろう。生活を維持するために働く必要がない。いくらでもストーキングに専念できる。周知の通り、この世で一番怖いのは憎悪に燃えた暇人である。この原則は今も昔もまったく変わらない。たとえば、現代のネット社会には「アンチ」と呼ばれる粘着質な人たちがいるけれど、彼らはだいたい無職か専業主婦である。そのほとんどは親や夫の収入で暮らしている。彼らは有り余る暇を利用して、匿名掲示板に誹謗中傷を書き連ねているのだ。アンチの中にはマックスみたいな犯罪者予備軍も混ざっているけれど、犯罪阻止の法律はないから野放しだ。その結果、京都アニメーション放火事件のような取り返しのつかない事件を引き起こしている。我々はどうやってアンチに対処すべきなのだろう? 残念なことに、その答えは現在になっても出ないでいる。

物語の前半で、探偵がサムに「獣と戦うには獣にならなきゃ」とアドバイスをするけれど、それが終盤の格闘戦に繋がるのには感心した。守るべきものを抱えているサムと、失うものは何もないマックス。暗闇の中、2人は川辺で獣のように取っ組み合いをしている。決着をつけるには同じ土俵に立って殺し合いをするしかないのだ。自分の身は自分で守る。僕もアンチに備えて体を鍛えなければ……。

音楽がやたらとサスペンスフルだと思ってたら、バーナード・ハーマンが担当していた。これのおかげでヒッチコック感が増している。