海外文学読書録

書評と感想

ジョン・ヒューストン『黄金』(1948/米)

★★★★★

メキシコの港町タンピコ。そこで出会った3人のアメリカ人――ダブズ(ハンフリー・ボガート)、ハワード(ウォルター・ヒューストン)、カーティン(ティム・ホルト)――が、一獲千金を夢見て山に入っていく。老練なハワードの手によって金鉱を見つけた一行は、順調に砂金を掘り出していくのだった。ところが、欲望に取り憑かれたダブズが猜疑心を剥き出しにし、何かにつけて2人と口論する。

これは凄かった。ひとことで言えば人間の狂気を描いた映画だけど、とにかく主演のハンフリー・ボガートが半端ない。欲望によって言動に歯止めが利かなくなっていく様子にえらい迫力がある。これって『蝿の王』【Amazon】なんか目じゃないのでは。黄金が人間の理性を奪って、内に潜む獣性を顕にする。こんな昔にこんな映画が作られていたとは思わなかった。

序盤で山師のハワードが金鉱掘りについてひとくさり語るのだけど、これが後の展開の予言になっているところがいい。曰く、一山当てても満足できない。また当てたいと思うようになる。曰く、相棒がいると殺し合いになる。金によって人が変わってしまう。自己啓発が大好きなネット民は、「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」などとしたり顔で嘯くけれど、人間はやはり経験からしか学ばないと思う。実際に痛い目を見ないと教訓は身につかない。万巻の書を読んだ若者よりも、人生の荒波を乗り越えた老人のほうが経験値は上ではなかろうか。僕も今まで相当本を読んできたけれど、それでも失敗してしまう。失敗を糧にして前に進んでいる。人生にも「強くてニューゲーム」*1があればいいのに。手探りで進まなければならないのは大変すぎる。

アメリカ人にとってメキシコが「闇の奥」であることは、コーマック・マッカーシーの国境三部作*2に描かれていた。このシリーズは1940年代が舞台である。翻って本作は1920年代が舞台で、国境三部作とは大戦を挟んで20年の開きがある。本作を観る限り、大戦前もメキシコは「闇の奥」であることに変わりがなく、3人は余所者としてその広漠とした大地に翻弄されるのだった。この映画、アメリカとメキシコの関係を考えるうえでも興味深い。

それにしても、人間はどうしようもなくなると笑うみたいだ。すべてを失った2人が大笑いするラストがいい。人生の機微を垣間見たような気がする。

*1:クロノ・トリガー』【Amazon】というRPGで採用されたシステムで、ゲームクリア時のレベルとアイテムを引き継いで最初からやり直せる。

*2:『すべての美しい馬』【Amazon】、『越境』【Amazon】、『平原の町』【Amazon】。