海外文学読書録

書評と感想

アンソニー・マン『ウィンチェスター銃'73』(1950/米)

★★★★

「千に一挺の銃」と称されるウィンチェスター銃'73。リン・マカダムはダッジシティの射撃大会で優勝してその銃を手に入れるも、仇敵のダッチに奪われる。以降、ダッチはポーカーに負けて商人に取られ、商人は先住民に強奪され、銃は次々と持ち主を変えていく。リンと相棒は銃を追跡するが……。

銃の持ち主を変遷させて話を転がしていくその着想が素晴らしかった。この時代の、しかも西部劇で、こういう脚本があったのかと感心。物語の中心にあるウィンチェスター銃は、日本だと名刀に相当するわけで、ひょっとしたら時代劇で似たような話があるかもしれない。本作では次々と銃の持ち主が変わっていくのだけど、彼らがまた次々と殺されていくその筋運びが絶妙だ。名刀にしても名銃にしても、優れた道具は人を誘惑し、呪いにかける。その存在はまるで死神のよう。恐ろしいったらありゃしない。

町での射撃大会やインディアンの襲撃、岩場での決闘など、ドンパチシーンは西部劇を語るうえで欠かせないだろう。

インディアンの襲撃シーンは敵の数が多くて絶望感がすごいものの、映像は今見るとかなり雑だ。馬に乗った彼らがウホウホ銃を掲げながら走り回ってるのだけど、銃口を水平に向けてないのになぜか弾丸が乱れ飛んでいて、どういう仕組みになっているのか不思議だった。物理的にあり得ないだろう、と。この辺は昔らしいおおらかな作りだと言える。

一方、岩場での決闘は凝りに凝っていて、リンがダッチを追い詰めていく様子はロジカルだ。跳弾を計算して岩の隙間にはめこんでいくところなんか、今まで観てきた西部劇にはなかった要素だと思う。ここでは2人の意外な関係も明らかにされていて、クライマックスにふさわしい対決だった。

ティーブのエピソードは観ていて悲しかった。小心者の彼は知人のガンマンに絶え間なく侮辱され、我慢できずに銃を抜いたらあっさり撃ち殺され、挙句の果てには妻とウィンチェスター銃を奪われている。銃=男根というお決まりのメタファーを採用するならば、銃の腕前がものを言うこの世界は、優れた男性性を競っている世界とも言える。ウィンチェスター銃はトロフィーなのだ。最終的にこれを所持したものが、男のなかの男に相当するのである。スティーブの末路ときたら男の沽券に関わるもので、これは見ていて自分と重ねてしまった。自分はリンでもなければダッチでもない。スティーブなのだ、と。今はジェンダー規範がゆるやかな時代で良かったと思う。己の男性性を守るために死ぬことはないから。昔に比べたら生きやすい。