海外文学読書録

書評と感想

マーロン・ジェイムズ『七つの殺人に関する簡潔な記録』(2014)

★★★★

1976年。ジャマイカでは社会主義政党の人民国家党(PNP)と、保守政党のジャマイカ労働党(JLP)が対立していた。両者はギャングを支援して内戦に近いテロの応酬をしており、CIAも監視の目を光らせている。そんななか、ジャマイカ出身の世界的スーパースターである「歌手」が、PNPの政治キャンペーンに参加した。12月3日、「歌手」は何者かに銃撃される。

銃が家にやってきて一緒に暮らすようになるってのはすごいことなんだ。一緒に暮らしてる人間たちが最初に気づく。オレが一緒に暮らしてた女は話し方が変わった。ズボンに新しい膨らみがあるのに気づいて、誰もがそれまでとちが話し方をするようになる。いや、大事なのはそれじゃない。銃が家の中に住みつくようになると、銃が最後の決定権をもつことになる、銃の持ち主でもなくて。銃が男と女の会話に入りこんでくる、深刻な話のときだけじゃなく、ちょっとした話にもだ。(p.86)

ブッカー賞受賞作。

2段組で700頁もあって手に取る者を威圧するような本だけど、翻訳がこなれていてとても読みやすかった。原文はパトワというカリブ海で使われているクレオール語が多用されているらしい。だから、英語圏の読者は相当読みづらかったはず。それを訳者の旦敬介は読みやすいように訳している。本作を日本語で読める幸せを噛み締めた。

あらすじに書いた「歌手」とはレゲエミュージシャンのボブ・マーリーのことで、作中では一貫して「歌手」と呼ばれている。彼の名前が直接出たのは一箇所だけ。しかも、それは音楽雑誌の記事という体裁だった。だから、会話文や地の文といった通常の語りの中では一貫して「歌手」で通っている。出版社は気を使ってカバーの紹介文にボブ・マーリーと書いてくれたけど、これがなかったら途方に暮れたかもしれない。ジャマイカについては何も知らないので。それに加え、冒頭には「配役」と冠された登場人物一覧もついている。これには大いに助けられた。

本作は主にジャマイカの裏社会に関わる複数の人物を語り手にしている(中にはカタギの人もいる)。興味深いのは、そんな裏社会におけるボブ・マーリーの位置づけだろう。彼は半ばアンタッチャブルな存在になっていて、敵対するどのギャングも手を出したりしない。コペンハーゲン・シティでもエイト・レインズでも、さらにはアップタウンでもダウンタウンでも、ボブ・マーリーアンタッチャブルだ。たとえるなら、彼は聖者のような位置づけなのかもしれない。ギャング同士は対立していても、彼の家では暴力に及ばない。そういう暗黙のルールができている。彼の存在が、裏社会において奇妙な均衡をもたらしている。

その均衡が1976年12月3日の銃撃事件によって破れ、事件の余波が、時間的にはボブ・マーリーの死後まで、空間的にはニューヨークにまで及ぶのが本作の見所だろう。ギャングのえげつない暴力がそこかしこに出てきて、たとえば、投獄中に警官に暴行されたギャングのボスが、出所後にその警官を捕まえて射殺したり、あるいは銃撃事件の下手人と思しき人物を捕まえてこれまた無残に殺害したりしている。この世界ではとにかく銃がものを言う。銃を突きつけている人間に生殺与奪の権があり、どんなギャングも銃を突きつけられたらあらゆる決定権を失うのだ。銃を媒介にしたこの刹那的な力関係が圧倒的で、我々の世界が何によって支配されているのか、その根源的なメカニズムを垣間見せる。

舞台がアメリカに移ってからはどうなることかと思ったけど、ちゃんとタイトルを回収したうえ、銃撃事件の問題に収束したので、読後感はそれなりに満足のいくものだった。本作は裏社会の複雑な動きを多様な語りで浮き彫りにしているため、たとえばジェイムズ・エルロイが好きな人ははまると思う。また、日本人にとって馴染みの薄いジャマイカを題材にしているところもポイントが高い。世界文学を読む醍醐味が味わえる。