海外文学読書録

書評と感想

テリー・ギリアム『未来世紀ブラジル』(1985/英=米)

★★★★

近未来。情報省がテロの容疑者タトル(ロバート・デ・ニーロ)と間違えて無関係のバトルを連行していった。それを上の部屋から見ていたジル(キム・グライスト)が抗議する。一方、情報省の職員サム(ジョナサン・プライス)は、この件について調査して誤認逮捕と確認。目撃者のジルが夢の中に出てくるヒロインに似ていたため、彼女を助けるべく奔走する。

『一九八四年』【Amazon】を彷彿とさせるディストピアSF。実は予備知識なしで観たので、てっきり『未来の国ブラジル』【Amazon】の映像化かと思っていたら、全然違っていて驚いた。

ケレン味の強い美術が特徴で、やたらとダクトが出てくるところや紙が乱舞するところなどが印象に残る。それと、夢の中に登場する敵が日本の鎧武者なのもインパクトがでかい。個人的に気に入っているのが端末機で、タイプライターに薄型モニターがついているそのミスマッチぶりが面白かった。全体としては、80年代に『一九八四年』をやるとこういう世界観になるのだなあ、という感じ。今見ると微妙に古臭くてレトロな味わいがある*1。これが世紀末になると『マトリックス』【Amazon】になるわけだ。スチームパンクからサイバーパンクへ。ディストピアSFも時代によってアップデートされていく。

ストーリーは終盤まで退屈極まりない。主人公サムの神経症的な振る舞いと相俟って、これは駄作じゃないかと決めつけていた。サムが極度なロマンチストなのもしんどい。というのも、初対面のジルに対して「夢で君に会い恋をした」と言い放つのだ。そして夢の内容も、翼の生えた騎士が囚われの美女を救うというお寒いものだし……。しかし、ディストピアSFの主人公としては、これくらい純粋なほうがふさわしいのだろう。その純粋さゆえに危機に飛び込んでいき、八方塞がりの状況に翻弄される。彼はあくまで普通の公務員であり、暴力に秀でていない。アクション映画のヒーローのような活躍もできず、ただただ逃げ回っている。

退屈だと思いつつも高評価なのはオチが強烈だったからで、この救いのなさは『一九八四年』と並ぶくらいだった。自由になったかと思いきや、そうは問屋が卸さないって感じの絶望を見せてくれる。どこまでが夢でどこからが現実なのか、そういう曖昧な展開を織り込みつつ、最後にぶすっとナイフで刺してくる。その鋭さに感銘を受けた。

*1:たとえば、現代人が『スター・ウォーズ』【Amazon】を見るような感覚に近い。