海外文学読書録

書評と感想

パウラ・マルコヴィッチ『プライズ ~秘密と嘘がくれたもの~』 (2011/メキシコ=仏=ポーランド=独)

★★★

1970年代のアルゼンチン。7歳の少女セシリア(ラウラ・アゴレカ)は、母親と2人で海辺のボロ屋に暮らしていた。2人は何かから逃げている様子。ある日、セシリアの通う学校に軍曹が来て、軍を賛美する作文を書かされることに。彼女はうっかりいとこが殺されたことを書いてしまう。それを聞いた母親は大慌てになり……。

みんな大好きアート系映画。作品を観ただけでは背景がよく分からないけれど、どうやら軍事独裁政権下のアルゼンチンが舞台のようだ。特徴的なのが海辺の風景で、常に曇っていて風が強い。この荒涼とした風景が親子の閉塞感、ひいては独裁政権の閉塞感を表していて印象的だった。これは明るい映画ではないんだぞ、と映像で主張している。

終盤までは明快なストーリーがなく、子供たちの他愛のないやりとりや親子のひっそりとした暮らしぶりなど、生活の断片を連ねていくような感じ。どうやら親子には秘密があることがほのめかされるものの、基本的には分かりやすい説明を省いている。

では、本作がいったい何を表現しているかと言ったら、それは子供のイノセンスだ。汚れがなく、飾り気がなく、あどけない。それは一般的に「天使」と形容されるものである。外部の者には微笑ましく映る反面、しかしすべてがいい事ずくめではない。たとえば、セシリアはイノセンスゆえに世知に長けた行動がとれず、軍部主導の作文ではバカ正直に自分たちが不利になるようなことを書いている。親子は逃亡者だから、下手したら命に関わるだろう。イノセンスとは無垢であり、それは同時に無知を意味している。当然、無謬ではない。イノセンスゆえに間違ったことを平然とやらかしてしまう。本作はそのイノセンスの功罪、とりわけ罪の部分を描いている。

映画としては、音量のバランスが悪かったり、手ぶれカメラの映像がうざかったり、粗が目立つというか、どこか素人くさいのだけど*1、題材は目新しくて良かった。僕が文学を読んだり、映画を観たりするのって、たまにこういう珍しい物件にぶち当たるからで、珍しければ珍しいほど、脳内のフィクション受容体が活性化する感覚がある。経験値をたくさん獲得できた、みたいな。結局のところ、見巧者になるにはとにかく色々な作品に触れることが重要なのだ。そういう意味では本作も観て損はしなかった。

*1:時折流れる現代音楽っぽいBGMも、素人くささに拍車をかけている。