海外文学読書録

書評と感想

ビアンカ・ベロヴァー『湖』(2016)

★★★

湖に面した町ボロス。祖父母に育てられた少年ナミは2人を亡くした後、コルホーズの農場長に引き取られる。彼はそこで理不尽な虐待を受けるのだった。それと同じ頃、ナミは少女ザザと逢引きを重ねるも、ある事件によって不幸な結末を迎える。ナミは母を探すべく旅に出るのだった。

「あそこに精霊なんていないのはよくわかっている」ナミは唐突にそう言うと、靴を脱いで、砂を出した。男はナミを落ち着いた様子で眺め、モペットのスタンドを外す。

「行くぞ」辛抱強い調子で声をかける。「座るんだ」

「精霊なんかいやしない。以前はいたかもしれない。でも、今じゃ、下水には毒や死体やがらくたばかりだから」

「話は終わったか? 先に行くぞ」男はそう言って、エンジンをかける。(p.202)

広場には国家主席の彫像が飾られていて、国にはロシア軍が入り込んでいる。どうやら舞台は旧ソ連圏のどこかだけど、どこなのかははっきりしない。この徹底した匿名性は、最近読んだ『エバ・ルーナ』を彷彿とさせるものだった。胡乱な出自の主人公が遍歴するところも『エバ・ルーナ』っぽい。ただ、あちらが一人称の語りなのに対し、本作は三人称の語りなので、語りの形式は決定的に違う。ともあれ、21世紀になった現代でも、こういう匿名性の高い場所が舞台になるのかと感心した。これは「辺境」の特権なのかもしれない。もちろん、実際の辺境ではなく、英米を中心としたメジャーに対する括弧付きの「辺境」。東欧文学や南米文学の愛好家って、この辺境感がたまらなく好きなのではないか。僕もたまに読みたくなる程度には好きである。

実はラストで出生の秘密が曖昧にされるのだけど、とりあえず、主人公が強姦によって生まれた子供で、その彼が肉親を探しに旅をするというのは、貴種流離譚の逆を行くようで興味をそそられた。小説を読んでいると、主人公が強姦によって生まれたというのをたまに見かける。ぱっと思いつくところだと、ジョン・アーヴィングガープの世界』【Amazon】、伊坂幸太郎『重力ピエロ』【Amazon】。これってたぶん何らかの系譜があるはずだけど、残念ながら僕にはよく分からない。Google先生も教えてくれなかった。強いて名前をつけるとしたら、アンチ貴種流離譚といったところだろうか。このジャンル(?)についてはまったくの無知なので、折を見て研究したいと思う。

本作はDV・私刑・強姦と、人間社会の野蛮さを描いているところが特徴で、原始的な集団は暴力とは切っても切り離せない、人間の本質は悪なのだろう、と思い至った。僕はDV・私刑・強姦には嫌悪感を抱いているものの、それでも自分のことを悪そのものだと思っているし、普段は上っ面を取り繕って何とか社会に適合している。この擬態化能力は教育や読書で身につけたものなので、人間はやはり勉強することが大切なのだと思った。勉強は文明人になるための第一歩。これからも精進していきたい。