海外文学読書録

書評と感想

トム・ハンクス『変わったタイプ』(2017)

★★★

短編集。「へとへとの三週間」、「クリスマス・イヴ、一九五三年」、「光の街のジャンケット」、「ハンク・フィセイの『わが町トゥデイ』――印刷室の言えない噂」、「ようこそ、マーズへ」、「グリーン通りの一ヵ月」、「アラン・ビーン、ほか四名」、「ハンク・フィセイの『わが町トゥデイ』――ビッグアップル放浪記」、「配役は誰だ」、「特別な週末」、「心の中で思うこと」、「ハンク・フィセイの『わが町トゥデイ』――過去に戻って、また戻る」、「過去は大事なもの」、「どうぞお泊りを」、「コスタスに会え」、「ハンク・フィセイの『わが町トゥデイ』――エヴァンジェリスタエスペランザ」、「スティーヴ・ウォンは、パーフェクト」の17編。

「あのさあ」彼女が言った。「日曜日よね」

「そうだよ。この一瞬に、僕は生きてる」(p.10)

まさか俳優のトム・ハンクスが小説を書いていたとは思わなかった。しかも、けっこういい感じの小説を書いている。どの短編も何らかの形でタイプライターが出てくるうえ、短編集としての構成も時計みたいにきっちりしている。作家としてはすごく几帳面なのだなと思った。

作品としては、いかにもアメリカにいそうな人物、いかにもアメリカにありそうな家庭、いかにもアメリカって感じのシチュエーションを描いている。たぶんアメリカを表象することが目的なのだろう。全編を通してたっぷりとアメリカを感じられるので、アメリカが好きな人にお勧めである。

以下、各短編について。

「へとへとの三週間」。アンナみたいにバイタリティに溢れていて、パートナーを振り回す女性って、アメリカだったら普通にいそうだと思った。こういう女性についていける男性ってなかなかいないだろう。少なくとも僕には無理。そういえば、知り合いに似たような夫婦がいた。妻が音楽業界で働いていて、夫が専業主夫をしている。夫はよく妻の職場についていって、その仕事ぶりを見学してるみたい。

「クリスマス・イヴ、一九五三年」。小説には意外性が必要だということをこの著者はよく分かっているようだ。家族の微笑ましいクリスマス・ストーリーと見せかけて、そこから父親の不具が明らかになり、話は戦争の記憶へと転回する。日常と非日常の交錯。

「光の街のジャンケット」。映画業界の内幕もの。これはもう完全に著者のホームグラウンドだ。ハリウッドみたいなバリバリの資本主義的な雰囲気って、僕みたいな庶民にはなかなか味わえない。動く金が桁違いだし。

「ハンク・フィセイの『わが町トゥデイ』――印刷室の言えない噂」。新聞紙面を模した掌編。新聞は電子版が便利だけど、欠点は記事がすぐに消えてしまうことだ。アーカイヴ性がないため、あとで言及するときに困る。一方、紙の新聞のいいところは折り込みチラシが入っているところで、田舎の主婦が買い物をする際の貴重な情報源になっている。

「ようこそ、マーズへ」。アメリカの父子の典型的な素描という感じ。昔はこういう関係に憧れていた。父親と一緒に何かをする関係。ところで、サーフィンと言えば、僕は東日本大震災以来、海には近づいてなくてすっかりご無沙汰だ。今はもう海に対して恐怖心しか持ってない。

「グリーン通りの一ヵ月」。ふと思ったけど、iPhoneとかGoogleとかFacebookとかって、将来的には注釈がないと理解できない代物になってるよね。半世紀後の読者はこれらが何のことか分からないはず。なるほど、小説は鮮度が命だ。

「アラン・ビーン、ほか四名」。「へとへとの三週間」と登場人物が共通しているけど、こちらは何と宇宙船で月に行ってる。なかなか人を食った話を書くなあ。

「ハンク・フィセイの『わが町トゥデイ』――ビッグアップル放浪記」。新聞紙面を模した掌編。

「配役は誰だ」。70年代。役者として売れるのを夢見てニューヨークにやって来る。住まいはルームシェア。こういう人たちって当時はたくさんいただろうし、今も同じくらいたくさんいるのだろう。そして、名前を売る商売は芸名をどうするのかがとても大事。僕は作家の村上春樹が本名だと知ったときは驚いたよ。

「特別な週末」。本作を読んで、小さい頃に『フルハウス』【Amazon】を見て、そこの家庭に憧れていたことを思い出した。アメリカの親は子供をすごく大切にするのだなあと感心していた。何より、子供を怒鳴ったり殴ったりしないところが新鮮だった。自分の知らない理想的な家庭がそこにはあった。今思えば、それはブラウン管越しの幻想だったのだけど。

「心の中で思うこと」。タイプライターを前面に出した話で、著者は本当にこの道具が好きなのだなと思った。僕も骨董品として部屋に飾っておきたいかも。パソコンに慣れた今となっては、実際に使うのはきつそうだしね。でも、映画とかでタイプライターを打つシーンは好きだ。最近見たのだと、『トランボ ハリウッドに最も嫌われた男』【Amazon】に出てくる。また、アニメでは『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』【Amazon】に出てきた。どちらも主人公がタイプライターで原稿を書いている。

「ハンク・フィセイの『わが町トゥデイ』――過去に戻って、また戻る」。新聞紙面を模した掌編。

「過去は大事なもの」。近未来の話。1939年6月8日にしかタイムトラベルできないところがユニークだ。この頃はちょうどニューヨーク万国博覧会の時期。今とは違い、まだ未来に希望があった時代である。ところで、もし僕がタイムマシンで過去に行けるとしたら、江戸時代に飛んで雷電や谷風の相撲を見たい。

「どうぞお泊りを」。映画の脚本みたいな形式。大金持ちが庶民のふりをして下界に降りて下々の人と交流する。こういうシチュエーションけっこう好き。王様がお忍びで城下町へ……みたいな話の現代版だ。それにしても、モーテルっていかにもアメリカって感じの施設だよなあ。

「コスタスに会え」。コスタスさんのツンデレぶりが微笑ましい。ブルガリアとかギリシャとかって、あまりアメリカと縁がなさそうなイメージだった。アメリカ式のコーヒーが甘いのは、当のアメリカ人も自覚してるみたい。

「ハンク・フィセイの『わが町トゥデイ』――エヴァンジェリスタエスペランザ」。新聞紙面を模した掌編。

「スティーヴ・ウォンは、パーフェクト」。アメリカと言ったらボウリング。ボウリングと言ったら『ビッグ・リボウスキ』【Amazon】(ジョン・タトゥーロが最高!)。アメリカって今でもボウリングする人多いのかな? 日本はそんなにいないよね。団塊の世代で一時期流行ったくらい。