海外文学読書録

書評と感想

『ギルガメシュ叙事詩』(1200? BC)

ギルガメシュ叙事詩 (ちくま学芸文庫)

ギルガメシュ叙事詩 (ちくま学芸文庫)

 

★★★

ウルクの王ギルガメシュは暴君として都城に君臨していた。ウルクの住民が神々に彼の非道を訴えると、大地の女神アルルが粘土からエンキドゥというの名の猛者を造り、都城から少し離れた野に解き放つ。エンキドゥは自然の中で動物たちと野獣のような生活を送っていた。ところが、そこにギルガメシュが娼婦を送って彼を人間らしくしてしまう。やがてギルガメシュとエンキドゥは取っ組み合いの格闘をし、お互いの力量を認め合って友情が芽生える。その後、2人は森の番人フンババを倒しに遠征するのだった。

彼らは牡牛のように強くつかみあった

壁がわれ、戸はこわれた

ギルガメシュとエンキドゥは

牡牛のように強くつかみあった

壁がわれ、戸はこわれた

ギルガメシュは膝をかがめ

両足は地面につけた

彼の怒りは静まり

彼はくびすをかえした

彼がくびすをかえすと

エンキドゥはギルガメシュにむかって言った

「お前の母はお前を第一の者として生んだのだ

猛き牛のなかの強き牛よ

ニンスンナよ

お前の頭は人びとのうえに高められ

人びとに対する王の位を

エンリルはお前に授けられたのだ」(p.52)

最近観た『Fate/Zero』【Amazon】と『Fate/stay night [Unlimited Blade Works]』【Amazon】は、神話や歴史に名高い英雄たちが英霊として現代日本に召喚されて殺し合いをするアニメでなかなか面白かった。大雑把に言えばバトルロイヤルもので、最後に残った1人が聖杯によって願いを叶えてもらえるという枠組みになっている。その英霊の中にギルガメシュ(アニメではギルガメッシュ)が最強のサーヴァントとして登場したため、興味をおぼえた僕は元ネタである本作を読んでみることにした*1。なお、現代人として身につけるべき教養はアニメである。Fateはエンターテイメントでありながら、哲学的な要素も含まれているので、文学ファンが観ても楽しめることだろう。「Fateは文学」とはよく言ったものである。

僕はFateからギルガメシュを知ったので、そのギャップにはかなり面食らった。Fateだと、ギルガメシュは王だから戦士みたいに格闘は得意ではないとされていたけれど、実際は猛者のエンキドゥと互角の戦いを演じている。そもそもFateにはエンキドゥのエの字も出てこなかった。アニメのギルガメシュは王の中の王として描かれており、王とはいかにしてあるべきかをアーサー王イスカンダルに説いている。よく考えたら、古代において英雄とは武力に秀でた者であり、あの智将と呼ばれるオデュッセウスでさえ武力は人並み以上にあったのだから、ギルガメシュも強くて当たり前なのだ。エンキドゥとの友情はなかなか熱いものがあって、ギルガメシュがアニメみたいな俺様キャラじゃないところが新鮮。さらに、神々が人間界に介入してくるところは後世のギリシャ神話を思わせるところがあり、こういうのは全世界共通のパターンなのかと感心した。

一番びっくりしたのは、旧約聖書(『創世記』【Amazon】)に書かれたノアの方舟が、名前を変えて本作にも出てくるところだ。ギルガメシュは永遠の命を求めるべく、方舟を作って生き延びた聖王ウトナピシュティムのもとを訪れる。聖王はギルガメシュに大洪水のことを物語るのだった。こうやってノアの方舟が複数の文献に書かれていることを考えると、古代の大洪水は実際にあった歴史的事実なのだと思えて何だかわくわくしてしまう。そもそも、数千年前に粘土板に刻まれた物語が、こうして現代人のもとに届いていることだって十分感動的だ。こんな昔から物語が存在していたことに文化人類学的な興味をおぼえる。今も昔も、人は物語を必要としている点では変わらないようだ。

*1:ついでに、アニメにはアーサー王も出てくるので、それ関連の書籍を読んだり、映画『エクスカリバー』【Amazon】を観たりもした。