海外文学読書録

書評と感想

P・G・ウッドハウス『感謝だ、ジーヴス』(1971)

★★★

バーティーの親友ジンジャーがダリア叔母さんの住むマーケット・スノッズベリーで下院補欠選挙に出馬したため、バーティージーヴスが彼に協力すべく本拠地のブリンクレイ・コートに赴く。そこにはバーティーのかつての婚約者だった2人の女性フローレンスとバセット、さらに天敵のスポードがいた。家主のダリア叔母さんは選挙の支援のほか、大金持ちのランクルから金を引き出したがっており……。

「君は彼を知っているのかの?」カメラ男が言った。

「残念ながらそうだと言わねばなりません」モリアーティ教授を知っているかと訊かれたシャーロック・ホームズみたいに、スポードが言った。「彼とはどういう会い方をされたのですか?」

「あいつがわしのカメラを持って歩いて行こうとするところを捕まえたんじゃ」

「ハッ!」

「当然ながらわしはそいつがカメラを盗もうとしているのだと思った。だが彼が本当にトラヴァース夫人の甥御さんだというなら、わしの間違いだったんじゃろう」(p.60)

ウッドハウス・コレクション第13弾。

人物が再登場するのは毎度のことだけど、ここまで勢揃いしたのもなかなかないし、またシリーズにおける数々のエピソードを振り返っていて、まるでジーヴスものの集大成みたいだった。本作はウッドハウスが89歳のときに書いた作品だという(出版されたのは90歳の誕生日)。いやー、これには驚いたね。僕の祖母は当時のウッドハウスよりも年下だけど、もう介護なしでは生活できない体になっているよ。人間ってそんなに歳をとっても小説が書けるのか……。

今回は選挙を題材にしているけれど、もちろんいつも通り男女関係の緊張があったり、バーティーが危機に陥ったりしていて、安心と安全のジーヴスものだった。勘違いによって錯綜するプロットは、例によってシェイクスピアの喜劇を思わせる。今回ツボだったのは、ジュニア・ガニュメデス・クラブに所蔵された紳士の秘密記録が持ち出されて、バーティーを震え上がらせているところだ。ジーヴスは紳士様お側付き紳士(ヴァレット)という身分*1でバーティーに仕えていて、その職業組合がジュニア・ガニュメデス・クラブ。そこには雇用主の善行なり悪行なりが書き連ねられたクラブ・ブックが存在しており、ヴァレットたちはそれを読むことで次の就職先を決めるという。そのクラブ・ブックが重要な役割を果たしているところが可笑しかった。序盤でバーティーが自分の都合の悪い記述を削除するようジーヴスに迫るも、ジーヴスが徹底したプロ意識からそれを撥ねつけているところが微笑ましい。それだけに事の顛末は意外だった。

本作は終盤で4つの問題が出来するのだけど、それらをラスト30頁で全て解決する手際は見事だった。往年のキレが戻っているような気がする。やはりこのシリーズは、こじれた難問をジーヴスが鮮やかに解決するところが肝だし。カントリーハウスやそれに付随する文化、英国小説らしいユーモアが好きな人は、このシリーズを読むべきだと思う。まずは『比類なきジーヴス』【Amazon】から。

*1:ちなみに、カズオ・イシグロ日の名残り』【Amazon】に出てくるスティーヴンスはバトラーである。